正しさよりも正確性を 5 <底が浅い知識と思考では真の反省はできない>

前回の記事で紹介した日本助産師会 「ビタミンK2投与がなされず、児が死亡した件に関して」を出したわずか1ヶ月後の2010年8月24日に、日本学術会議から「『ホメオパシー』についての会長談話」が出されました。


ホメオパシー」についての会長談話


 ホメオパシーはドイツ人医師ハーマネン(1755−1843)が始めたもので、レメディー(治療薬)と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病気を治療できると称するものです。
近代的な医薬品や安全な外科手術が開発される以前の、民間医療や伝統医療しかなかった時代に欧米各国において「副作用がない治療法」として広がったのですが、米国では1910年のフレクスナー報告に基づいて黎明期にあった西欧医学を基本に据え、科学的な事実を重視する医療改革を行う中で医学教育からホメオパシーを排除し、現在の質の高い医療が実現しました。
 こうした過去の歴史を知ってか知らずか、最近の日本ではこれまでほとんど表に出ることがなかったホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、ホメオパシー施療者養成学校までができています。このことに対しては強い戸惑いを感じざるを得ません。
 その理由は「科学の無視」です。レメディーとは、植物、動物組織、鉱物などを水で100倍希釈して振盪する作業を10数回から30回程度繰り返して作った水を、砂糖玉にしみ込ませたものです。希釈操作を30回繰り返した場合、もともと存在した物質の濃度は10の60乗倍希釈されることになります。こんな極端な希釈を行えば、水の中に元の物質が含まれないことは誰もが理解できることです。「ただの水」ですから「副作用がない」ことはもちろんですが、治療効果があるはずがありません。
 物質が存在しないのに治療効果があると称することの矛盾に対しては、「水が、かつて物質が存在したという記憶を持っているため」と説明しています。当然ながらこの主張には科学的な根拠がなく、荒唐無稽としか言いようがありません。
 過去には「ホメオパシーに治療効果がある」と主張する論文がだされたことがあります。しかし、その後の検証によりこれらの論文は誤りで、その効果はプラセボ(偽薬)と同じ、すなわち心理的な効果であり、治療としての有効性がないことが科学的に証明されています。英国下院科学技術医院会も同様に徹底した検証の結果、ホメオパシーの治療効果を否定しています。
 「幼児や動物にも効くのだからプラセボではない」という主張もありますが、効果を判定するのは人間であり、「効くはずだ」という先入観が判断を誤らせてプラセボ効果を生み出します。
 「プラセボであっても効くのだから治療になる」とも主張されていますが、ホメオパシーに頼ることによって、確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性があることが大きな問題であり、時には命にかかわる事態も起こりかねません。こうした理由で、たとえプラセボとしても、医療関係者がホメオパシーを治療に使用することは認められません
 ホメオパシーは現在もヨーロッパを始め多くの国に広がっています。これらの国ではホメオパシーが非科学的であることを知りつつ、多くの人が信じているために、直ちにこれを医療現場から排除し、あるいは医療保険の適用を解除することが困難な状況にあります。またホメオパシーを一旦排除した米国でも、自然回帰志向の中で再びこれを信じる人が増えているようです。
 日本ではホメオパシーを信じる人はそれほど多くないのですが、今のうちに医療・歯科医療・獣医療現場からこれを排除する努力が行われなければ「自然に近い安全で有効な治療」という誤解が広がり、欧米と同様の深刻な事態に陥ることが懸念されます。そしてすべての関係者はホメオパシーのような非科学を排除して正しい科学を広める役割を果たさなくてはなりません。
 最後にもう一度申しますが、ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されています。それを「効果がある」と称して治療に使用する事は厳に慎むべき行為です。このことを多くの方にぜひご理解いただきたいと思います。

ホメオパシーとはどんな歴史を持ち、どのようなものなのか。それに対してどのように対応したらよいのか、簡潔でいてあまねく網羅された文章ではないかと思います。


今、この文を何度も読み直すと、ホメオパシーという禁断の実を、医療職である助産師が日本に広げてしまったという責任が問われているのだと改めて思います。


さて、この会長談話の2日後に、日本助産師会「『ホメオパシー』への対応について」を出しました。

 今般、日本学術会議金澤一郎会長は8月24日付けで「ホメオパシー」の治療効果は科学的に明確に否定されており医療従事者が治療に使用することは厳に慎むべき行為という談話を発表されました。日本助産師会はその内容に全般的に賛成します



 日本助産師会は、山口県で乳児がビタミンK欠乏症により死亡した事例を受け、ホメオパシーのレメディーはK2シロップに代わりうるものではないと警告し、全会員に対して、科学的な根拠に基づく医療を実践するよう、8月10日に勧告を出しておりますが、一昨日出されました日本学術会議の談話を重く受け止め、会員に対し、助産業務としてホメオパシーを使用しないよう徹底いたします。
 助産師は女性に寄り添い、女性の思いを受容し、援助することが使命ですが、医療現場にあり、命を預かるものとしての責務もございます。私たち助産師の言葉や行動は、女性にとって大きな影響力を持っているということも自覚しております。科学的に否定されているものを助産師が使えば、本来受けるべき通常の医療から遠ざけてしまいかねません。しかるべきタイミングで医療を受けるられるようにすることは、助産師の重要な役割です。
 日本助産師会としては、現段階で治療効果が明確に否定されているホメオパシーを、医療に代わる方法として助産師が助産業務として使用したり、すすめたりすることのないよう、支部を通して会員に通知するとともに、機関誌及びホームページに掲載することで、周知徹底いたします。出産をサポートし、母子の健康を守ることができるよう、会をあげて、真摯にこの問題に取り組んでまいりたいと存じます。
 また、現在、分娩を取り扱う開業助産師について、ホメオパシーの使用に関する実態調査をしており、集計がまとまり次第公表いたします。
 なお、妊娠、出産、子育て期にある女性やそのご家族におかれましても、助産師が助産業務においてホメオパシーを使用しないことをご理解いただきたいと存じます。助産師は、皆様にとって不利益のないよう、正確な情報の提供に努めてまいります。

わずか2ヶ月前には、「(助産師は)食事療法、東洋医学代替療法も包含する統合医療の観点から理解しケアを展開している」とあえて、ホメオパシーという言葉も使わず、ホメオパシーへの対応もぼかした声明を出していました。


学術会議会長談話というものがどれほどの重みがあるのか、私には門外漢なのでよくわからないのですが、会長談話が出たあとのわずか2日間で、相当、ホメオパシーについて考え方を変更せざるを得なかった様子がわかります。


ただ、なぜ助産師が積極的にホメオパシー広告塔になっていったのか、日本には広がらなくて済んだはずのホメオパシー助産師が広げてしまった責任がどれほど重いものなのかは、あいかわらずぼかした内容なので、何を反省するのかわかっていないのだろうなという印象を、当時強く受けたのでした。


その後、助産師向けの雑誌にはこの会長談話を受けた記事がないばかりかマクロビや代替療法の話題が相変わらず続き、2013年に出版された「助産所開業マニュアル」には民間療法や代替療法に関するリスクマネージメントも書かれていませんでした。


この会長談話が、一番届いて欲しかったであろう助産師の世界に浸透しなかったので、ホメオパシーに限らず、助産師の世界で時々ふと聞こえる「そんなこと(医療介入)しなくても自然でいいのに」という捉え方が、いつまたこうした暗黒史を増やすのではないかと気になっています。





*この記事は「ビタミンKを否定する感情の背景にあるもの」から4回に分けて書いたものです。
「正しさより正確性を」まとめはこちら
助産師と自然療法そして「お手当て」」まとめはこちら