事実とは何か 51 <「舌小帯短縮症」とは何か>

助産関係の出版物は周産期看護という広い視野に立ったものが少なく不思議な知識が広がる世界なので、なかなか参考にできるものがありません。


ですから、東京医学社から出版されている「周産期医学必修知識」が私にとってはよりどころとなる本です。
1990年代半ばにその存在を知って以来、2016年の「第8版」まで必ず購入するようにしています。
全ての内容を読んだわけではないですし、医師向けなので周産期のことでも読んでも理解できない箇所もたくさんあります。
それでも、臨床で疑問に思ったことは家に帰ってからこの本でまず確認するようにしています。


「舌小帯短縮症」についても、必ず掲載されています。
周産期関係の本で「舌小帯短縮症」についてのアップデートがされてる、唯一といってよい本です。


最新版の「第8版」の説明を抜粋してみます。

概念・定義


 舌小帯とは舌の正中裏側に存在する膜状もしくはひだ状の構造物(flenulum)であり、生理的に存在している。成長とともに目立たなくなることが知られており、臨床的に問題となることは少ないと考えられる。ところが、この舌小帯が生理的範囲を越えて短かったり柔軟性に欠けている場合に舌小帯短縮症(ankyloglossiaまたはtonguetie)といわれる。舌小帯による可動域制限や運動制限により哺乳障害、母体の乳頭痛、呼吸の問題、年長児では発音の問題などが指摘されている。
 問題は舌小帯短縮症もしくは上記生理的範囲について現時点でコンセンサスの得られた定義や分類がなされていないことにあり、このことにより評価や治療介入に統一されたものがなく、したがってエビデンスとなる指標がない
 国内の新生児科医の多くは、単に舌小帯が舌の先端近くに及んでおり舌を前方に突き出した時に先端がハート型にくびれる程度のものをtonguetieとし、高度な舌小帯の短縮や癒着に近い状態で舌の動きが高度に制限されている状態をankyloglossiaとみなしていることが多い。


定義も分類もコンセンサスがない現時点で、「見る立場によって見え方が違う」興味深い話が「疫学」に載っていました。

疫 学


 定義や分類にコンセンサスが得られていないため、有病率は0.1%から10.7%と大きな差が報告されている。我が国でも諸外国でも、おおむね同様の報告が多い。今村は、tongetie自体は0〜4ヶ月で約3分の1に認められるが、9〜12ヶ月では10%、さらに3歳で7%と、加齢とともに減少してくると報告している。従って、定義や分類法のほかに、対象の集団によっても頻度は大きく変わる可能性がある。

 近年、母乳育児の重要性が再認識されたことに伴い、哺乳に問題がある場合に舌小帯短縮症が頻繁に問題にされるようになってきた。舌小帯短縮症のある児の25%〜80%に、乳房からの直接哺乳困難(児の体重減少、母の乳頭痛、乳房痛、母乳分泌減少、うっ滞、児の哺乳拒否)の報告もある。しかし、舌がハート型にくびれていても何の問題もなく哺乳可能で、発音の問題もなく成長する児が稀ではないことは、新生児や乳児の診療経験が豊富な小児科医は知っている。このような児の頻度や経過に関する報告はなされていない。興味深いことに、米国で行われた異職種へのアンケート調査では、舌小帯短縮症は頻繁に授乳困難の原因となると考えている割合は、小児科医で10%、耳鼻科医で30%、ラクテーションコンサルタントでは69%と、大きく異なる調査結果であった。

定義や分類さえコンセンサスがないこと、見る立場が異なれば結果も異なる認知バイアスがあるという事実だけでも、現時点では助産師が舌小帯切除を勧めてはいけない理由になると思います。


もう少し読むと、「治療・管理」では、「舌小帯切除による哺乳改善はあり得るかもしれないが、エビデンス不十分と結論づけている」とあります。
それを「否定されているわけではなく、効果があるかもしれない」と解釈するのは個人の自由かもしれませんが、少なくとも助産師は「まだわかっていないから、まずは小児科医に相談してね」という立場であって、親御さんを不安にさせたり検証されていない切除を勧めてはいけないと思います。


新生児の口を見て舌小帯が「短い」と感じてしまうと、「泣き止まない」「飲まない」といった事象すべての起因に見えてしまう気持ちはわからなくもないのですが、現時点で小児科としてはどのようにとらえられているのかに基づいた説明をしなければ、お母さんたちは混乱し、そして助産師側の認知バイアスに大きな影響を受けてしまうことでしょう。


もう少し続きます。



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