助産師の世界と妄想 28 <舌小帯に原因を求める>

週末になると、「舌小帯切除は不要」という記事へのアクセスが必ずあります。もしかしたら、だいぶ前に新生児科の先生のtweetで紹介してくださっているのを見たような記憶があるのですが、今もそれを見て訪れてくださる方がいらっしゃるのかもしれません。
お名前もわからないのですが、ありがとうごさいます。


2012年頃に比べると、私が接するお母さんたちから「舌小帯のせいですか?」という質問がほとんど聞かれなくなったこのごろですが、時々、助産師の中から「あの赤ちゃんは舌小帯が短いから飲み方がヘタ」という発言を聞くことがあります。


私と同年代なら、あの「桶谷式マッサージを知らなければ母乳を語るな」という暗黙のプレッシャーがあった時代を経験していて、その中で舌小帯を切った方がよいと思い込んだままの助産師もいることでしょう。
ただ、この年代は「乳房マッサージは不要」という時代の変化も経験しているので、「小児科や耳鼻科では舌小帯と哺乳の影響は否定されているらしい」と言えば、案外スムーズに理解してくれます。


ところが、やっかいなのが、20代から30代の助産師という印象です。
私自身もその頃はとてもプライドと自分の正しさに自信があり、「それに気づかないのは不勉強だから」と周囲の先輩や同僚を見下したようなところがありました。
だから「自然なお産」とか「母乳だけで」というあたりにのめり込んでいたのですが、そういう時には「それは違うのでは」という意見には反発しか感じないものです。


直接言えば、心をかたくなにすることが想像できてしまうので、身近なスタッフにアドバイスするというのは難しいものです。
きっと私の周囲の人もそのもやもやを抱えながら言葉を飲み込んでいたのだろうと、当時を思い返しては冷や汗がでますね。


それにしても、「舌小帯」への思い込みの強さが、助産師の中には時を越えて根強く残っているのですね。


本当に舌小帯と哺乳力が関係があるのなら、出生直後の観察や小児科医の診察項目にも「舌小帯」があるはずですし、「どのような状態が短縮とされるのか」という定義や基準があるはずです。
ところが、新生児の教科書などではまず目にすることはありません。


不思議なことに教科書類にも書かれていないことが、臨床にでると突然、「舌小帯が観察項目」だと思い込む助産師が必ず出現し続けます。
哺乳への影響だけでなく、「舌小帯が短いと小指を立てる」とか「体が硬い赤ちゃん」とか、次々と異常にされ、育てにくさの原因は全て舌小帯のせいになっていくのも不思議な世界です。


どこで、この誤った見方が広がり、時に下火になりながらまた復活してくるのでしょうか。


こちらの記事の「新生児の哺乳障害について考えたあれこれ」の中で書いたように、私がこの舌小帯切除に疑問を持ったのがいまから二十数年ほど前でした。
自然なお産や育児にはまりかけていた私も、さすがになんだか「不自然」と感じたのでした。


同じくらい短くても特に授乳には問題のなかった母子もいることが見えてくると、「授乳にトラブルがあるのは舌小帯が原因」という仮説は違うことがわかります。
ところが単純な理由やわかりやすさを求める思い込みは、舌小帯が短くても問題のなかった存在さえ目に入らなくさせてしまうのでしょう。



対象の観察の積み重ねと検証を経ずに理論化を急いだ話は、亡霊のように生き延びるものなのかもしれませんね。


新生児のポチッとついた舌小帯を眺めながら、人を迷わせるその存在の大きさを感じています。





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