観察する 49 <観察の結果の裏にあるものを観察する>

読んだだけで「そっと閉じ」たくなるような、ややこしいタイトルですみません。


舌小帯短縮症の記述のなかで、以下の部分がとても興味深いと思いました。

興味深いことに、米国で行われた異職種へのアンケート調査では、舌小帯短縮症に授乳困難の原因となると考えている割合は、小児科医で10%、耳鼻科医で30%、ラクテーションコンサルタントでは69%と、大きく異なる調査結果が出ている。
「周産期必修知識 第8版」(東京医学社、2016年12月)、p,873

日本ラクテーション・コンサルタント協会のHPによれば、国際ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)とはアメリカに本部をおくラクテーション・コンサルタント資格試験国際評議会の資格で、「看護師、助産師、保健師、医師ソーシャルワーカー、栄養士、理学療法士、教育者等の専門職をはじめ、母乳育児支援経験と確実な知識体系を持つ非専門家にも広く門戸がひらかれている」とあります。


医療制度が異なるアメリカでの調査なので、小児科医や耳鼻科医も私たちのイメージとはまた異なるかもしれません。
それでも、この3つのグループで「舌小帯が授乳に影響するかどうか」の見方が大きく異なるのはどうしてだろうと興味が湧きました。


「Messener AH,LalakeaML:Ankyloglossia:controversies  in management. Int J Pediatr Otorhinolaryngol 54:123-131, 2000」から引用されたアンケートのようですが、私には論文を読むだけの能力はないので、今日はあくまでも冒頭の文章からいろいろと感じた話です。



<「因果関係があるかどうか」をどうみるか>


日常的に新生児や乳児の授乳場面を観ている小児科の医師は、ほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。
ですから「飲み方がヘタ」「ぐずる」など、新生児・乳児の授乳の様子もイメージのことが多いのではないかと。


それでも、経時的にその赤ちゃんの成長・発達の変化といった全身を診ている経験から、結果的に舌小帯の状態が哺乳に与える影響は少ないと判断できるのではないかと思います。
舌小帯が哺乳力に影響を与えるようであれば、新生児期から乳児の場合にはまず体重増加不良という明らかな現象が起こることでしょう。


耳鼻科の医師であれば小児科医よりはさらに授乳を見る機会はないと思いますが、おそらく「飲み方がヘタなのは舌小帯のせいではないですか」といった親の訴えが、「何か関係があるかもしれない」と思うきっかけになるかもしれません。
たとえ目の前の乳児が、小児科的には順調な体重増加であっても。
そのあたりが、小児科医と耳鼻科医との数値の差に出てくるのかもしれないと想像しました。


では、ラクテーション・コンサルタントという授乳の場面を観察する機会が前者に比べれば多いと思われる人たちの中に、舌小帯が授乳に影響すると思う人がなぜ増えるのでしょうか。



<「母乳を飲ませる目的のため」に観察している>


日本で舌小帯切除といえば桶谷式母乳相談あたりから広がったのだと思います。
その桶谷式乳房マッサージが助産師の中で下火になった2000年代に入って、新たな「母乳育児推進」の動きがとって代わられた印象を「母乳育児」のおおまかな二つの流れ」に書きました。


日本でラクテーション・コンサルタントという名前がボチボチと広がる頃から、医学的な定義のない乳頭混乱という言葉も広がり始めました。


「新生児には初めから母親の乳首以外を吸わせると母乳の確立ができない」という考えが、WHOの「母乳育児成功のための10か条」の「母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えない」になり、哺乳瓶や人工乳首を使っていはいけないという風潮が広がりました。


ところが、おそらく最初から母親の乳首だけを吸わせていても、赤ちゃんはクチュクチュ浅く吸ったり、真っ赤な顔をして大泣きしながら頑として乳首を吸わないことにてこずらされているのでしょう。
哺乳瓶や人工乳首を使わなくても同じ状況は起こるのですから。


こちらの記事で、「1950〜70年(混合栄養も含めた)母乳哺育率が出生直後で30%」という驚異的なアメリカの状況を紹介しました。
あくまでも私の想像ですが、壊滅的ともいえる「ヒトが我が子におっぱいを吸わせる方法を忘れてしまった」ほどの時代のあと、なんとか母乳授乳方法を復活させようとするために「とにかく吸わせる」ことが良いことだという方法論が先に出来てしまったのではないかと思えるのです。
新生児が「吸いながら」何をしているのか観察されることもなく。


そして「母乳を吸わない」ことは問題があるとされ、「乳頭混乱」とか「不適切な吸着(ラッチ・オン)」という言葉まで作られてしまった。
その原因を、新生児や舌小帯にしたくなったのではないか、と。


こちらの記事の「プロパガンダの裏にあるものを観察する」に書いたように、「母乳を飲ませる」という信念が観察の目的になってしまったから結果が横道にそれてしまったのではないかという印象を、この数字から受けました。




<おまけ>


久しぶりに日本ラクテーション・コンサルタント協会のHPを見たら、本文中の「『母乳育児』のおおまかなふたつの流れ」で紹介した、「母乳育児は無比のものである」とか「母親の"力”を信じる」といった「10のコンセプト」が現在改訂中になっていました。






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