動物園での哺乳瓶の使用がいつごろからかはわからないのですが、ヒトの場合は手頃な価格で哺乳瓶やミルクを使えるようになったのは、ここ半世紀ほどのことではないかと思います。
子どもを育てるために何がよいのかヒトもまだまだわからないことが多いので、さまざまな ケアについての世界観があり、そこから方法論がすぐに広がりやすい印象です。
とりわけ、1970年代に端を発した母乳推進運動の中で、哺乳瓶についてもいろいろな「仮説」があっというまに広がり、言葉だけがひろがってしまうことがあるようです。
そのひとつに乳頭混乱という言葉があります。
こちらの記事で、「乳頭混乱」について、NPO法人日本ラクテーションコンサルタント協会が2007年に出版した「母乳育児支援スタンダード」に書かれている内容を紹介しました。
ステップ:9 乳頭混乱とおしゃぶり
ステップ9は人工乳首(哺乳びん)とおしゃぶりの使用を禁止したものであるが、これは出生直後から哺乳びんを使用した場合、児が乳房を吸わなくなる「いわゆる乳頭混乱」と呼ばれる現象があるためである。「いわゆる乳頭混乱」という言葉を使ったのは、乳頭混乱の概念や成因についてはさまざまな説があり、未だ医学的コンセンサスが得られていないからである。
新生児がぐずって吸い付かないことはしばしばありますが、それは母乳に限らず、哺乳瓶でもあるわけで、「哺乳瓶を使ったからおっぱいに吸い付かなくなった」というわけではなさそうですし、出生当日から2〜3日の間に、刻々と吸い付き方が変化して生きます。
また、乳輪から乳首に弾力がある初産婦さんだとしばしば直接吸付けないことは経験しますが、経産婦さんではほぼそういう状態が無くなります。
ところが、「未だ医学的コンセンサスは得られていない」と言いつつ助産師向けの参考書に書かれていた言葉は、10年後にジワリとひろがっています。
*医学的コンセンサスはないけれど哺乳瓶は使わない?*
さて、この「医学的コンセンサスが得られていない」用語ですが、その後どのように書かれているでしょうか。
8年後の2015年に出版された第2版では、以下のようになっていました。
人工乳首・おしゃぶりの使用を避けるのは、児によっては人工乳首・おしゃぶりの方を好み、母親の乳房から直接飲むのを嫌がる現象がしばしば起きるためである。人工乳首の場合、早いときは生後1週間いないから認められ、生後3〜4ヶ月で起きる場合も珍しくない。この現象は「乳頭混乱(nipple confusion)」と呼ばれてきたが 、その概念や成因について医学的コンセンサスがなくこの言葉はあまり使われなくなっている。
ところが、その後半の説明では以下のように続きます。
もし補足が必要な場合は、カップによる授乳が推奨されている。カップの方が清潔を保持しやすく、授乳時に児を抱き、顔を見ながら飲ませる行為が保証されるからである。哺乳びんを枕などに立てかけ飲ませることは、カップではできない。準備や片付けを含めると授乳に関する時間は哺乳びんと変わらない。
乳頭混乱という言葉は必要がなくなってきているのに、なぜカップフィーデイングをわざわざ勧めるのでしょうか?
そしてカップフィーデイングをすれば赤ちゃんがおっぱいに吸い付かないことがなくなると検証されたのならともかく、「こちらの方が清潔」「哺乳瓶と違って必ず抱っこするから」とまったく違う話になっています。
このつじつまの合わなさは、おそらく、「母乳育児成功のための10か条」の「第9条:母乳で育てられている赤ちゃんに人工乳首やおしゃぶりを与えないようにしましょう」が何より大事な世界観になっているからかもしれませんね。
ところで、「この言葉はあまり使われなくなっている」と書かれていますが、むしろ臨床では数年から10年ぐらいのタイムラグでジワリと広がってきています。
そしてカップフィーデイングの根拠とも言えるとらえ方がが否定されたというのに、頑として哺乳瓶を使わないという方々がぼちぼち出現してきたのでした。
「赤ちゃんのために良いことはしてあげたい」という強い意志とともに。
お母さんたちは、どこからそのつじつまのあわない「知識」を得るのでしょうか。
「つじつまのあれこれ」まとめはこちら。
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