新生児のあれこれ 58 <新生児の啼泣(ていきゅう)の量と質>

日々、新生児の啼き声の変化を聴いているので、「あ、昨日とは啼き方が変わった」という変化がわかるようになったのですが、何がどう変化したかを言葉で表現することや、その変化は何がきっかけなのか理由は想像するしかないので、誰も正解がわからないというあたりも難しいものです。
そして何より、本当に変化したのか、私の思い込みの可能性もあるのではないかという点でも、疑ってかからなければなりません。


それでも、ほんの数秒前はまだ胎内にいて一度も声を出したことがなかったのに、産声を出すことができ、その後、啼くたびに声のトーンや啼き方のバリエーションが増えていく新生児という存在に圧倒されています。
なぜ、啼いて何かを伝えるという能力を持って生まれてきたのだろうと。


そして、その声の音量や質にも圧倒されます。


子どもの声というのは概して大きいのですが、新生児の啼き声というのは本当に特殊なものだと思います。
奥まったところにある分娩室の産声が、外で待っている家族に聞こえることがよくあります。
あるいは、ナースステーションから一番離れた個室にいる赤ちゃんの啼き声が、個室のドアを閉めていても聞こえてくるほどです。
あの小さな体からどうしてこれだけの音量が出るのか、遠くまで通る声が出るのか、そしてなぜそれが必要なのか。


時事通信社パンダのシャンシャン誕生から1歳までの記録を観ると、生まれた時の啼泣はかなりトーンが高くて、その体格から考えたら相当大きな声を出しているように見えます。
それ以降は、転んでも泣かないのですけれどね。


啼くことでどれだけエネルギーが消費されるのかわからないのですが、最初の2〜3日の生理的体重減少の時期には水分や栄養分の摂取が少ない上に体重が減ってしまうのですから、ハシビロコウのように消費を抑えるためにジッとしている方が理にかなっているように思えます。
ところが、絶叫に近い啼き方が多いのもこの時期です。
「あ〜そんなに啼かなくても。啼くと体重が減っちゃうよ」と思わず言いたくなるほどです。


そして、生後2〜3日目を過ぎると、こうした絶叫系の啼き方はほとんどなくなります。


私は30年ほど前の体験から、新生児は何か「危険」を呼びかけているのではないかと受け止めるようになったので、この絶叫系の啼き声が聞こえ始めると離れた個室にいる母児にも自分のアンテナがそちらに向いています。


ところが訪室してみると、ご両親やご家族も「元気で可愛いわね〜」と絶叫している新生児を微笑ましそうに眺めていらっしゃることがほとんどです。
同じ状況を見ても、見えているものが違うのかもしれません。
ご家族だけでなく、日々新生児に接しているスタッフでも、この新生児の危機感を持った啼き方が伝わらないことがほとんどのようです。
「かわい〜い!」の一言で対応されてしまうことが。


たいがいは2〜3分でピタリと啼き止むので、そばに誰かいてくれればそれでよいのかもしれません。


でも、新生児にすれば、まずは抱っこして「大丈夫だよ」と落ち着かせて欲しいのだろうと、私には見えるのです。
「甘えている」ということではなく、身も蓋もない書き方をすれば、刻々と細胞分裂して成長しているのですから、「これは体験したことがない」状況が次々と体内で起きて変化しているのでしょう。
経験したことであれば、危険度マックスの啼き方からトーンを下げていくように見えます。


そして生後3日ぐらいまでは、生命の危機に匹敵する何かが起きているのかも知れません。
きっと、翌日か翌々日にはこの絶叫系の啼き方がなくなり、次の段階へと成長していくことでしょう。
抱っこしなかったからといってトラウマになるとか、そういうわけではないのだと思いますが、何かを伝えたくて呼びかけているのではないかと。


こうした新生児から乳児、そして幼児の啼き方の変化を追っていけば、何か成長の段階の法則性が見えてくるのではないかと思うのに、この啼き声の質や音量の変化が観察されていないことが残念だなと思うのです。


まあ、その前に、大人側の「赤ちゃんのことはわかっている」という思い込みから解放されなければ、こうした本質は見えてこないかもしれませんね。




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