出産・育児とリアリティショック  14 <産後の記憶がない>

ずーっと気になっていることがあります。


経産婦さんの多くが、「前のことを忘れた」とおっしゃることです。


初産と経産の違いに書いたように、お産も授乳も赤ちゃんの接し方も天と地ほどの差があるように感じるほど、前回の経験が生かされているように見えますし、実際、スタッフ側にしてみればほとんど「手がかからない」ものです。
初産婦さんの場合、産後の心身の変化から赤ちゃんの世話まで手取り足取りという感じで、説明したりそばで見守ることがたくさんあります。
感覚的には、初産婦さんと経産婦さんへの対応は数倍くらいの時間の差がある感じです。


ところが、赤ちゃんとの同室が始まると、経産婦さんでも「この時期のことを思い出せない」という方がほとんど。
「オムツ交換はどうしたらいいですか?」に始まって、細々と質問が来ることがあります。
あるいは、「上の子は初日から母乳もよく出て眠ってくれたのに、この子はなんで泣いているのだろう」とか、最初の2〜3日の新生児の変化の記憶はすっぽりと抜けていたりします。



たぶん駆け出しの頃の私は、「(経産婦さんなのになんでそんなことわからないのだろう)」とちょっとイラッとしていたかもしれません。
次第に初産婦さんと経産婦さんの行動がパターン化されて見えて来るようになってからは、「不思議ですよね。みなさん、前のことは忘れたっておっしゃいます。ですから経産婦だからこんなこと聞いたらおかしいかなとか思わず、遠慮なく聞いてくださいね」と対応が変わりました。


もちろん記憶は曖昧でも赤ちゃんの世話を経験されているので、少し補足する程度で大丈夫です。


でも、ご本人にとったら、「思い出せない」ことは不安だろうと思います。


<なぜ「思い出せない」のだろう>


「経産婦さんは前回の出産や赤ちゃんの世話のことを思い出せないことが多い」という事象は、たぶん、周産期看護スタッフにしてみれば暗黙の了解のような話です。


こういう「当たり前と思っている事象」を紐解くのが科学的な看護の初歩だと思うのですが、こうした臨床実践の中の法則性は見逃されやすいのか、ほとんど話題になった記憶がありません。


経産婦さんの「思い出せない」には、どういう意味があるのだろう。
上の子と1〜2年ぐらいしか開いていなくても思い出せないようなので、時間の経過で記憶が薄れているのとも違うようです。
それは一様ではなく、ひとぞれぞれ違う思いもあると思うけれど、どうしてそういう反応になるのだろう。
気になっているのがそのあたりです。


最近になって、私の分娩介助の記憶も似たようなものかもしれないと思うようになりました。
学生時代に11人の方のお産の実習をさせていただいたのですが、10人目の方のことを漠然と覚えているくらいです。
どうしてその方だけ覚えているかというと、ちょっとしたエピソードがあるので記憶に残ったのかもしれません。
そして新卒から数年目までは、よほど分娩時に緊急事態が起きたといった方以外の記憶が全くないのです。


ある時期から、かなり鮮明に思い出せるようになりました。
それが分娩記録を書き残そうという動機になったのだと思います。


これはあくまでも私の感じ方でしかないのですが、もしかしたら初めての出産や赤ちゃんの世話というのは、お母さんと赤ちゃんの生命の危険を乗り越えながら、新しい経験や知らないことに次々と対応していかなければいけないので、本人が思う以上に過度の緊張状態におかれるのではないかと。


そのあたり、産後の記憶の特殊性が言語化されれば、初産婦さん、経産婦さんの違いにもう少し細やかな対応が標準化できるかもしれないと思えるのです。


まあ、臨床実践の中の法則性は、気が遠くなるような観察と議論の積み重ねが必要なのであまり理論化をいそがないほうがよいのですけれどね。




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