記録のあれこれ 18 <新生児の生活史のために何を記録するのか>

記録はなんでもたくさん書けば良いというわけでもないし、私自身は一般的な「授乳記録」だけでも、その新生児が今どの段階にいて、今度どんな感じで変化していくかなんとなく予測できるようになりました。
体重減少や黄疸値の変化、ウンチの性状の変化、あるいはお母さんが経産婦さんか初産婦さんかなどいろいろな条件を重ね合わせながら、だいたいの予測をたてるという感じでしょうか。
あ、主に生後1週間から2週間ぐらいの新生児限定ですか。


「たぶん、今日の夕方ぐらいから激しく泣かなくなって、深くおっぱいや哺乳瓶を吸うようになると思いますよ」とか、「今日、けっこうぐずっているのはきっとぐんと体重が増える時期に入ったからだと思う」とか。
泣けば足りないと思ったり、母乳の飲ませ方ばかりを説明していた頃とは違い、今はそれぞれの親子の見通しが見えて来た感じです。


こうなるまでに、30年ほどの手探りの試行錯誤の時間が必要でした。
というのも、私が助産師になってから今に至るまで、生後数日までの新生児について書かれたものはほとんど変化がないからです。


もちろん、新たな疾患や異常がわかり、たとえば新生児の低血糖のように、観察の項目は増えて正確性を求められるようになりました。
30年前に比べれば、「なんとなく元気がない」ぐらいでしか観察しようがなかったことでも、今では早めに対応していくことが求められていますから、周産期看護の中の新生児の観察量と質は変化しています。


でも、もっと違う、生活している新生児という視点での観察に基づく記録方法が、なかなか発展してこないという残念さです。


あ、なんだか雲をつかむようなわかりにく話ですね。


<継続して観察する機会がない>


お母さんや親御さんであれば、ずっとその子の変化を継続して見る機会があります。じっと我が子の寝顔を見ているだけでも新たな発見があることでしょう。
ただ、子どもの成長の変化が早いので、「その時に観察して感じたことは正確だったか」となるとやはり不確かな部分が多いのではないかと思います。さらに認知バイアスや記憶違いもあり、個人的な体験談からひとっとびに新生児の生活史を見いだすことは難しいかもしれません。


その点、新生児に日常的に接してケアする医療スタッフの観察は、同じ時期のさまざまな条件(男女、在胎週数、母親が初産か経産か、分娩の経過など)をたくさん観察する機会があるので、全体像を把握しやすくなりまが。
ただ、「継続して観察している」と表現していても、実際には時々その新生児の様子を観る定点観測であるという限界があります。


おそらく、1960年代以前の自宅で出産していた頃は、医師・看護職によって出生時からの定点観測さえなかったわけで、1960年代以降の施設分娩化で初めて新生児を集めて継続的に観察する機会ができたといえるかもしれません。


90年代に入ってから「母子同室」という言葉が広がりましたが、私自身は出生直後からずっと同室という厳格な施設には勤務したことがないので、お母さんたちが疲れた時や、夜中過ぎぐらいまで同室して朝方まで預かったりと自由な体制でしたから、そのお預かりした赤ちゃんの変化をずっと観察する機会がありました。


抱っこしても泣き止まない、ミルクをあげても眠らない、眠っていたかと思ったら目を閉じていただけ、なぜだろうとずっと見続けているうちに、だんだんとパターンが見えて来た感じです。



<ありのままを書くことの難しさ>


ところが、その変化を言葉で表現しようとしてもなかなか難しいものです。


たとえば、「目を覚ました。急に真っ赤な顔をして激しく啼き始めた」「オムツも汚れていない」「すぐにミルクを飲ませようとしたけれど、飲もうとしない」「2〜3分ぐらいしたら、急に泣き止んだ」「ゲフッとして、うんうんといきみ始めた」「しばらくしたらそのまま眠り始めた」「眠ったと思ったら、また目を開けて啼き始めた」「啼き声はさっきほど激しくない」「くちをパクパクさせている」「もう一度哺乳瓶をくわえさせたら飲み始めた」「でも飲んでいるようだけれど、ミルクが全然減らない」「しばらくしたら一気にミルクがなくなった」のように。


さて、この様子は生後何日目の赤ちゃんでしょうか。
答えは、出生後から生後1日目あたりの新生児です。
2日目や3日目になると、新生児の様子はまた違うのです。


ある時から、お預かりした赤ちゃんの「授乳記録」の余白に、こうした記録を書いてみることにしました。


こういう記録を重ねていくうちに、出生後2〜3日までの新生児は起きてもすぐ授乳したいわけではないのではないか、それがおっぱいや哺乳瓶に「うまく吸い付かない」あるいは「浅くくちゅくちゅだけしている」タイミングになるのではないか、そして夜中ごろに、うんちが変化して次の段階へも成長するのかもしれないというあたりまで見えてきました。


ね、新生児の日常をありのままに書くってむずかしいですよね。
まだまだここには書ききれてない、表情や啼き方の変化などがあります。


「授乳」=「育児」だと大人の思い込みが強いから、なかなか新生児の日常が観察も記録もされないのかもしれません。


おそらくこれが、「助産師はひどい記録をきちんと書き送りしていくのですが誰ひとり解決しようとしない」の理由のひとつだろうと思っています。


観察に基づく新生児のケアが遅れているのは、そんなあたりかと思っています。




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