10年ひとむかし 38 <自分が何をしたいのか言えるようになった>

「女性」の仕事で書いたように、気象庁の観測船や海上保安庁の巡視船にも女性職員が勤務しているのを観て、本当に羨ましいと思います。


最近、「もし人生をやり直すなら」ということを妄想することが増えました。
海をぼっと眺めていると、海に関係した仕事をしたかったのかもしれないと思っています。
漁業もやってみたい、浚渫船も面白そう、先日やはりテレビで観た東京湾掃除船もいいな、水族園でも働いてみたいなと子どもの頃のようにワクワクしてしまいます。


何より、私が小学生、中学生の頃には女性の職業の幅があまりにも少なく、そしていつまで続けるかというあたりも「25歳までに結婚して第一子」という縛りが強い時代でしたから、自分が何をしたいのかなんて突き詰めて考えたことがなかったのでした。


今だから書けるのですが、看護学校の入学動機に「将来接する患者さんのために一生懸命勉強したい」と立派なことを書いたのですが、実は自分自身が何をしたいよかよくわからなかったので、どこかで見た文章を使わせてもらったのでした。
現代ならパクリって言われてしまいますね。やはり、当時の私も、他人の動機を盗用したようでしばらくは罪悪感を持っていました。



<女性と公安関係の仕事>


さて、先日の海上保安学校の番組を観て、この海上保安学校にも女性が入学できることを初めて知りました。


私が高校生の頃にあった「公務員への道」のような本の中で、1970年代に女性が選べる職種や資格はとても限られていました。もちろん、戦前に比べれば格段の自由さがあったのですけれど。
1970年代当時、女性(婦人)自衛官と女性(婦人)警察官はすでにいましたが、事務方など体力的にも負担のない仕事が中心でした。


80年代終わり頃でしょうか、婦人自衛官でも実戦部隊への配属が始まったように記憶しています。90年代以降の海外派遣や災害派遣のニュースでは女性自衛官が映っていることがあります。
ただ実際には後方部隊だったようで、「JIEITAI SAIYOU.COM」というサイトを読むと「2015年11月に防衛省が女性自衛官の戦闘機パイロット制限を撤廃し、さらに2015年3月には海上自衛隊特殊部隊、陸上自衛隊戦闘ヘリパイなどの制限も徐々に解除したことが話題になっていますが、それに続く形で今回、普通科中隊や戦車中隊の女性配置制限も解除されました」と書かれていました。


女性自衛官よりも女性警察官の方が街でよく見かけるのですが、その歴史を読むと1946年(昭和21年)に「婦人警官62名が採用」されて、2012年の時点でも「警察官全体の6.8%」と書かれています。


自衛官、警察官そして消防官はやはり体力差や母体保護という点があるので、女性への門戸が広がるのは現実には難しい点があるかもしれませんね。


さて、その先日の保安学校の番組の中で、「公安関係の船舶で調理をしたいと思った」という女子学生がいました。


ああ、すごいな。
「男性だから、女性だから」という呪縛を超えて、自分がやりたいことが何か言える時代になったのかと思いました。
泳ぎは苦手だというのに、5kmの遠泳の訓練をやり遂げていました。





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