運動のあれこれ 24 <週に2日間休めるようになった>

私が小学生だった頃から高校そして看護学校を卒業した1980年代初頭まで、土曜日も半日授業があり、休みは土曜日の午後と日曜日の1.5日でした。


小中学校が週休2日になったのはいつだろうと検索したら、Wikipedia学校週5日制にまとめられていました。
1992年に第2土曜日に休業日になり、1995年に第4土曜日、そして2002年に毎週土曜日が休業日となったという段階的な変化があったのですね。


土曜日は朝の通勤時間帯の混雑がないのですが、朝早くから私立の制服を着た小中学生が登校している姿を見かけます。私立学校は「休業日は学校側で判断することになっている」という理由だったのですね。
ただ、公立でも最近また土曜日の半日授業が始まったことを、同僚から耳にしました。


大人でも、土曜に半日出勤で週末の休みは1.5日になったら、なんだか中途半端で休んだ気がしないですね。
夏休みや冬休みなどの長期休暇やハッピーマンデーがあるにしても、通常の1週間は、子どもたちの方がむしろまとまった休日が少ないのかもしれませんね。


<「日本人は働きすぎ」>


「学校週5日制」の「戦後の学校週5日制への流れ」の中で、まず国家公務員が週5日労働になった頃のことが書かれていました。

1980年代後半、日本は貿易摩擦を起こしていたことにより、OECDILO(条約第47号「労働時間を1週40時間に短縮することに関する条約」:日本未批准)などの国際機関にとどまらず欧米諸国からも「日本人は働きすぎ」「労働者の労働時間を短縮するべき」という圧力を書けられていた。政府は1800労働時間を実現するために、1992年4月に国家公務員の給与法を改正し、同年5月1日から国家公務員について週5日労働(完全週休2日制)を実施、すべての行政機関において土曜日を休日とした。また政府は地方自治体を改正し、地方自治体に関係条例等について改正を求め、地方公務員についても週5日労働(完全週休2日制)が実施されることとなった。


そうだった。
「日本人は働きすぎ」と言われていた時代の雰囲気を、なんとなく覚えています。


80年代初頭に就職した国立系の病院も、土曜日の午前中だけ外来がありました。
子どもの頃から「土曜日は半ドン」ということがあまりに当たり前すぎたので、その頃は「週休2日」という発想も「自分たちが働きすぎ」という感覚もあまりなかったのかもしれません。
当時、月に6日間の休日換算で勤務表が作られていたのか、今と比べると少ない休日で働いていたのか、全く記憶が抜け落ちています。


「働きすぎの日本人」だけでなく、1日8時間労働が実現され始めたのが一世紀前ということを考えると、休日の歴史もまだ日が浅いものなのかもしれませんね。


今思い返すと、週休6日で働いていても渦中にいると働きすぎとは感じてなくて、外から「働きすぎですよ」と言ってもらわなければ、客観的に自分たちの状況というのは見えていなかったことがちょっと滑稽に感じますが、80年代当時、どのような運動がうねりになって社会が変化していったのでしょうか。



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