正しさより正確性を 13 <妊婦加算と妊娠中の受診について>

2018年12月14日付で「妊婦加算を凍結、厚労省が表明」というニュースがありました。
その前から、ネット上で批判が高まったことがこの一因なのかもしれません。

根本匠厚生労働相は14日の閣議後の記者会見で、妊婦が病院で診察を受けると自己負担が上乗せされる妊婦加算について「いったん、凍結する」と表明した。胎児への影響を考慮して医師に丁寧な診察を促す狙いだったが、妊婦の自己負担が増えるため与党から抜本的な見直しを求められていた。2018年4月の導入から1年を立たず凍結を決めることになった。
根本厚労相は「妊婦の診察に積極的な医療機関を増やし、安心して医療を受けられる体制の構築につながることを期待していた」と妊婦加算の狙いを説明。その上で「実現する手段として加算の仕組みが適当だったか、改めて考えることが必要だ」と話した。
凍結開始の時期や期間については明言を避けたが、来週にも開く中央社会保険医療審議会(中医協厚労相の諮問機関)で了承されれば、早急に凍結するとみられる。
妊婦の診療のあり方は今後、有識者を交えて検討する場を設ける。20年度の診療報酬改定に向け、中医協で議論する方針だ。結論が出るまでは凍結は継続される見通し。

厚労省は当初、妊婦加算の抜本的な見直しに当たり、加算で生じる自己負担をなくすための予算措置を検討していた。13日に自民党公明党がそれぞれ開いた厚生労働部会で速やかに自己負担をなくすよう強く求めてられた。厚労省実施まで時間がかかる予算措置を断念。早急に対応できる凍結を決断せざるを得なくなった
妊婦加算は患者が妊婦の場合、薬の処方などで退治に配慮が必要になることから、より丁寧な診察を医師に促す目的で導入された。患者の自己負担は初診の場合は230円、再診なら110円が上乗せされる。
投薬を伴わないコンタクトレンズの処方など、妊娠に関係のない診療でも上乗せを求めることができる仕組みで、ネット上でも「妊婦税だ」との批判が出ていた。
日本経済新聞


産科に勤務していても妊婦加算の話を知らなかったので、最初ネット上で話題になった時には「なぜ公費で負担する仕組みにしないのだろう」と感じつつ、妊婦加算という対応ができつつあったことがすごいという気持ちの方が上回りました。
なんだかんだ言っても、日本の医療はこうして現場のニーズから問題解決されていくのだと私は感じました。



それにしても、「自己負担をなくすための予算措置」まで考えられていたのに、その動きが止まってしまったことは残念です。


<全妊婦のどれくらいが対象になるのか>


夜間・休日を問わず、分娩施設には体調が悪くなったがどうしたら良いかという電話が入ります。
症状を確認しながら、産科的なものではなく内科や耳鼻科あるいは他の科の受診の方が良いかどうかを産科医と相談して対応しています。


冬場になると特に、「熱が出た。喉が痛い」と言った上気道炎のような症状から「胃が痛い。吐き気がある。下痢した。お腹が痛い」といった消化器系の症状の電話が増えます。
妊婦さんの場合は「ただの風邪だから内科へ」とは言えず、 HELLP症候群や劇症型A群レンサ球菌感染など急速に重症化する疾患もありますから、近くの内科で良いかあるいは周産期センターへの受診が良いかなど、電話での判断が必要になります。
また、呼吸器や消化器症状と一緒に産科的な症状(切迫流早産)が進行することもありますから、どのような対応が良いか瞬時に判断しなければならないので、こちらも緊張する場面です。


分娩施設側でさえそうなのですから、妊娠という特殊な状況に受診の受け入れ側も大変なことでしょう。
時々、受診先の内科や耳鼻科の医師から処方してよい薬に関する問い合わせが折り返しかかってくることがあります。
あるいは妊婦さん本人から「〇〇へ電話してみたが、妊娠中なので産科に相談してと受診を断わられた」という連絡が入ることもあります。


こういう状況を改善していくための一歩だったのでしょう。


ところで、こういう状況がどれくらいの頻度で起こるのでしょうか。
当院の年間400件弱の妊婦さんのカルテに目を通していますが、妊娠中に一度もこうした他科への受診が必要がない方がほとんどです。
皮膚疾患が増悪したとか、風邪を引いた、花粉症がひどくなったなどでかかられる方がいる程度です。


ほとんどの方には求められることがない妊婦加算ですし、何回か通院したとしても数百円程度の負担ではないかと思います。
これを「妊婦税」と揶揄し、「子育て世代に厳しい」とか「人口減少を加速する」と批判するのは、現状を知らないゆえだったのでしょう。
チリも積もればの税金の方が、よほどの額になると思います。


ただ、制度を始める時に、いつ頃までに自己負担はなくなりますといった見通しをもっと周知してくださったら、よい方向に向かっていたのかもしれませんね。
まあ、現場では不満も聞かれていなかったのに、ネットになるといきなり「正しさ」の議論が加速するので、こうなりやすいのでしょうか。




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