カンガルーケアを考える 11 <自分のクリニックで今後どうするか>

<自分のクリニックで今後どうするか>


正期産児の出産直後のカンガルーケア」に関して明確な効果は実証されていないこと、カンガルーケアそのものあるいは早期授乳開始時の観察不十分な体制による重大な医療事故が報告されていること、自分のクリニックではカンガルーケアのために一人のスタッフを確保できる状況ではないことから、安全性を最優先にしてカンガルケアーの実施は現時点では取り入れないということになると思います。


もし「生まれた直後の赤ちゃんを直接肌と肌を密着してだっこしたい」と希望されるお母さんがいらっしゃったら、できるだけご希望に添えるようにしたいとは思います。ただし、スタッフがそばについていられることが条件なので実施できない場合やわずか1〜2分になる場合もあること、できなかった場合にもその後の親子関係には影響するものではないことを説明することにします。



<カンガルーケアについてまとめのあれこれ>


特に初めてお母さんは、赤ちゃんに接する不安や緊張感は大きいと思います。分娩台で抱っこを勧めても「怖いからいいです」とおっしゃる方も多いです。
まして、分娩室から部屋に戻った時に「これから赤ちゃんの世話をする」ことへの緊張感は相当なものがあることでしょう。


私のクリニックでは母子同室や授乳に関してはほとんど決まりごとがありません。
お母さんに「赤ちゃんと一緒にいますか?預かりますか?」と必ず聞いて、お母さんの気持ちや希望に添えるようにしています。
でも、最初は赤ちゃんと接するのが怖くて「預かってください」と思う方もいると思います。そういうお母さんには、いきなり授乳とかいきなり世話とかから始めるのではなく「赤ちゃんをじっくり観察する」機会から同室を始めるようにしています。


出生後しばらくは目をあけて起きていた赤ちゃんたちも、生後2時間ごろから深い眠りに入ります。目が覚めると激しい泣き方が始まります。こういう時に、「おっぱいを吸わせましょう」と連れて行ってもだいたい赤ちゃんはおっぱいに吸い付かずに激しく泣くばかりです。
しばらく激しく泣くと、ピタッと泣き止んでゲフッとしてまたうつらうつら眠ります。それが何回かあると、急に目をあけてじっとし始めます。
ここで「シャッターチャンスですよ!」とお母さんのところに連れて行きます。
目を開けている赤ちゃんって、本当にお母さんを喜ばせてくれます。
「これからきっとうんちをすると思いますよ」というそばから赤ちゃんはいきんで、上手に人生最初のうんちをします。
おむつ交換をお母さんに見せて、そのあと添い寝をするとちょっとおっぱいをくわえて赤ちゃんは満足そうに眠ります。
こういう体験をすると、ぐんと赤ちゃんへの緊張感は少なくなります。たいがいのお母さんは「もうちょっと一緒にいてみます」と、赤ちゃんへの緊張がだいぶ減るようです。


出生直後の赤ちゃんが泣いているのは「おっぱいを吸いたい」でもなく何かを伝えて泣いているのだと思うので、あやして待ってみることを実際にお母さんに見せてあげます。
このあたりについて書いたものは、doramaoさんがどらねこ日誌にまとめてくださいました。感謝です。
「母子の健康代替医療ー母乳育児を考える」1〜5までの連続エントリーですが、その中の5に「赤ちゃんが『泣く』ということ」についてまとめました。
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/9584887.html


生後数日間だけでも赤ちゃんの変化は大きなものがあります。一日一日、「泣いて伝える」意味も変化していきます。
またひとりひとりの赤ちゃんも当然、生まれた瞬間から個別性があります。
泣き方も、表情での表現も、眠り方も本当にさまざまです。
人生が始まったばかりの赤ちゃんひとりひとりを、大切に接してあげたいと思います。


赤ちゃんは十分に理解されているでしょうか?泣くとなんでも授乳、赤ちゃんが起きれば授乳、「育児は授乳から始まる」かのような対応が多すぎるように思います。
赤ちゃんについてはまだまだ未知の世界がたくさんあります。
母乳を与えることだけが正しい育児のように決まりごと(母乳以外のものを与えない、哺乳瓶は使わないなど)を作ってしまうと、まだまだわかっていない赤ちゃんという対象をできるだけバイアスを少なくして観察することもできにくくなるでしょう。


それぞれの対象の個別性を十分に観察して、できるだけ手を出さずに「見守るケア」というのはとても人手が必要なことです。
人手とともに、熟練度も必要なことです。
新生児でも、病気で療養中の方でも、高齢者の方でも同じです。
この「見守るケア」の重要性や、「見守るケア」に適正な人員規模、そして必要な経費に関しての社会の認識がまだまだ十分ではないのだと思います。
お母さんが赤ちゃんの世話に慣れていくために適正なスタッフ数は、3〜4組の母子に一人ぐらいだと感じています。
日中ではなく、赤ちゃんの活動の時間である夜間帯にこのくらいが必要です。
カンガルーケアよりも、こちらに人員配置をできるような世の中のシステムがまず欲しいところです。


また、お母さんたちにとって自分が思い描いていたような出産や赤ちゃんとの初対面にならなくても、体調が悪くて赤ちゃんとなかなか一緒にいられなくて不安があっても、少しずつ慣れていけば大丈夫。
なかなか親の思うとおりにならないことがあります。
母乳だけで頑張りたいと思っても、赤ちゃんがミルクを必要とすることもあったり早くに卒乳したり。
でも、24時間365日ずっと見守ってくれる人がいるからこそ赤ちゃんは毎日冒険のように世界を広げていけるのだと思います。
繰り返し繰り返し同じ動作や発声を続けることで次の複雑な行動ができるようになるために、赤ちゃんは常時見守られる必要があります。
本当に、忍耐こそ愛だと思います。それだけで十分だと思います。


だからもし「○○をすれば良い親子関係が築ける」のようなことに出会って心がざわつく時には、「それをしなくても大丈夫」と思える気持ちを持てたらお母さんたちも随分気が楽になるのではないかと思います。
たくさんのお母さんと赤ちゃんを見ている私たちだからこそ、「そんなことしなくても大丈夫」ということができる立場なのだと思います、本当は。


長い長い文章でしたが、もし読んでくださった方がいらっしゃったら本当にありがとうございました。
ここで一旦、カンガルーケアについては終わります。



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