保育器についてのトリビア

カンガルーケアが保育器の替わりに早産や低出生体重の赤ちゃんを守ってくれている、世界中にはそういう国や地域がたくさんあります。


日本では当たり前のように保育器を使っていて、いつ頃からどのように使われたのかも気にしていなかったことに今回気づきました。


日本ではアトムメディカル社の保育器が、国内シェアー85%を占めているそうです。へぇー。
http://www.tokyo-cci.or.jp/chusho/keieitaishyo/09_02.html

我が国の近代的な保育器の歴史は、同社そのものの歴史である。昭和27年に同社が国産初の第一号機を開発。その前年、新生児1000人当たりの死亡率は約28人。それから60年にわたって改良に改良を重ね、10世代以上ものモデルチェンジを経た結果、平成21年の同死亡率はわずか1.2人まで激減。今では、500g以下の超未熟児でも育つことができる。

屋久島の5つ子ちゃんももう30歳になるのですね。あの保育器を確保するのに苦労があったとは。


もちろん保育器だけでなく、人工呼吸器を始め新生児用の医療機器の発達・改良や知識・技術の集積によって新生児死亡率を激減させることができたのですが、体温を維持するための保育器なくしてはやはりこういう結果はでなかったと思います。


<保育器とは>


NICUのドキュメンタリーではおなじみの保育器ですが、なんのために使うのか参考になりそうなサイトをご紹介します。
私たちの暮らしと医療機器
第13回 小さな命を救うためにー保育器ー
http://www.jfmda.gr.jp/kikaku/13/index.html


私の勤務先は小児科医がいないので、保育器の出番は出生直後の体温がなかなか上昇しない時、多呼吸や異常呼吸があって新生児搬送をするかどうか経過観察が必要な時、そして黄疸で光線療法が必要な時ぐらいです。
でも、この出生直後の新生児を「保温する」というのは以外に難しいものです。


子宮胎内は38度近くの温かさがあるといわれています。出生直後の赤ちゃんは、体温が37.5度前後あります。中には38度を越える赤ちゃんもいますが発熱しているわけではないようです。室温20度〜22度ぐらいの環境に、子宮から放り出された赤ちゃんは、自分で体温を維持しなければなりません。
だいたい生後2〜3時間ぐらいで、一気に36度台に下がります。その後徐々に自力で体温を安定させられるようになり、生後数時間でだいたい体温は安定します。


ところが36.0度前後まで下がってしまって、なかなか上昇してこない赤ちゃんがたまにいます。赤ちゃんにとって36.5度以下が続くと低体温から低血糖になったり、全身状態に影響がでてきます。
36.5度前後でしたら、赤ちゃんのベッドに湯たんぽを入れて低温やけどを起こさないように十分気をつけながら保温をすることで、上昇していくことが多いです。お母さんと添い寝を試してみたこともあるのですが、たまたま、なかなか体温上昇の効果が得られないケースが続いたので、私の勤務先では赤ちゃんに帽子をかぶせ、フリースのおくるみで包み、湯たんぽで保温という方法に落ち着きました。


それでも体温が36.0前後のままの赤ちゃんがまれにいます。その場合にはためらわず、器内温33.0度、湿度60%設定の保育器に入れています。1〜2時間程度入るだけで、安定した体温になりその後お母さんのところへも行けるようになります。


適切な温度と湿度を保つ、それだけで子宮胎内から出てきたばかりの赤ちゃんには生命の危機を回避させられることがあるのです。
さらに早産児や低出生体重児は、長いと何週間という間、保温した状態をたもつ必要があります。


ちなみに保育器のお値段はなかなか正期価格を知ることができないのですが、一台2百万〜数百万というところのようです。
私の勤務先にあるのは外国製なのですが、これが頑丈でとても重いのです。移動するのも、分解して清掃するのも力がいるし、ストッパーをかけるのにペダルを踏むのもすごく力がいるのです。とても大和撫子向きではないです。さすがBMWとかを産み出した国の製品だと意味もなく感心していますが、次回は国産品を希望と伝えてあります。


保育器で検索していたら、おもしろい記事を見つけました。
「手作りクベース パキスタン
http://pakfu.exblog.jp/1202088/
すごいですね。赤ちゃんを保温するために、皆智恵を出し合ってきたのですね。
日本の医療機関でもクベースと呼ぶことが多いと思うのですが、フランス語だそうです。へぇー、へぇー。ドイツ語だとずっと勘違いしていました。


もうひとつ。「未熟児の為の低コスト保育器」(Embrace)
http://www.monogocoro.jp/2010/08/30/embrance.html
これは箱型に比べてコンパクトですね。でも赤ちゃんはちょっと窮屈そう。
全身を観察するのも大変そうですが、状態が安定した赤ちゃんなら便利かもしれません。


<保育器を使えるということは>


数百万円の高性能の保育器があっても、赤ちゃんは救えません。
安定して供給される電気が不可欠なのです。昨年3月11日の震災以降5月まで、いつ停電で医療機器が使えなくなるかと心配が尽きませんでした。
医療機関で勤務して約30年の間に、停電の記憶が2回あります。最初は都内で起きたかなり規模の大きい火災の影響で、もう1回は荒川河川敷に自衛隊機が墜落して送電線が破損された時でした。でもどちらも病院の非常電源にすぐ切り替えられたことと、不明確な記憶ですが数時間以内には復旧していました。


東南アジアのある国で80年代に働いていた頃、停電なんて日常茶飯事でした。いきなり停電します。皆慣れているのでろうそくをつけ、特にあたふたするわけでもなくいつ復旧するかも気にしていない様子でした。そして復旧して電気がつくと必ず一斉に「神様、ありがとう!」と言って、何事もなかったように生活に戻っていました。都市部でも非常電源があるような施設はほとんどなく、夜だと真っ暗闇でした。


保育器を安全に使用するためには、電気以外にもたくさんの工業製品を必要とします。感染予防とフィルターがつまらないようにするために、水道水ではなく滅菌蒸留水が必要です。一定の温度・湿度を保つということは細菌も繁殖しやすい環境なので、機械本体や部品の消毒も徹底します。そのためには信頼のできる製品が安定供給される必要もあります。


保育器一台を安全に稼動する、それがどれだけインフラや流通が高度にシステム化された社会にのみに許されていることなのか。
カンガルーケアを必要とするというのはどういうことなのか。
両方の世界を体験して、答えがないというのが答えであるということろでとまってしまっています。