医療介入とは 28 <分娩監視装置で広がった世界 続き>

陣痛がある程度規則正しくなってからの、陣痛と胎児心拍の関係を連続モニターで見る機会ができたことで、自分自身がまだまだ分娩経過で知らないことがたくさんあることを前回書きました。


今回は、その続きです。


<アクティブ・バースについて>


1988年に出版されたジャネット・バラスカス氏の「アクティブ・バース」で、分娩監視装置がどのように受け止められていたかについては「医療介入とは24」で紹介しました。
<「自然なお産」と分娩監視装置>
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20121002


日本でも昔からお産を進行させるために産婦さんに動いてもらうということも実際には普通に行われていたのだと思いますが、アクティブ・バースは産婦さんの自由や自然な生理的な分娩経過に注目した点で、当時の助産婦を大いに納得させ共感を得ることになったのではないかと思います。


その冒頭の「日本の読者のみなさまへ」には、次のようなことが書かれています。

問題は、近代医学が出産を管理するようになったことにより、自然な生理的機能とはどう働くものなのかということが忘れ去られてしまったところにあるようです。この本を書いた私の主なねらいは産婦を分娩台に仰向けに寝かせて両足を固定し、足を地につけることも、重力の助けを借りることもできない状態にしてしまったのは、産科学が犯した最大のあやまちの一つであると示すことです。

女性の体は、このような状態で、効率的なお産ができるようにつくられてはいないのです。重力の助けなしには、骨盤は正しく開くことができません。また、子宮も効率的に収縮することができないのです。したがって、赤ちゃんも容易に下降できないのです。

仰臥姿勢をとっていると、痛みが激しくなるので、鎮痛剤の需要が増加し、また子宮への血液の流れが抑えられて、胎児仮死を引き起こす可能性も高くなります。産婦は仰向けにされた甲虫のように力なく、ただじたばたともがいているばかりか、お産の進行自体もより難しいものになっていまします。

今読み返すと、ジャネット・バラスカス氏がたまたま出産中に動き回ることが快適で良い結果を得られたという個人的体験のひとつに過ぎないのですが、当時の私はそれこそ「開眼」させられることばかりでした。
助産婦学校では教えてくれなかった、と。


また第一章の中の「これからのお産」では以下のように書かれています。

女性の本能は、動き回ることを命じるはずです。立つ、歩く、ひざまずく、しゃがむなど様々な姿勢をとることによって、体は自然にお産に向かって開いていくのです。お産は自分のためのものです。自分の感覚と体の欲求にしたがって、お産をやりとげましょう。

女性にとってはなんと「希望」に満ちた文章でしょうか。


妊娠・出産関係では「重力」や「骨盤」「開く」などの言葉は、思考停止を起こしやすい魔法の言葉だとつくづく思います。


分娩時の産婦さんの体勢とアクティブ・バースについては、項を改めて書くつもりでいます。
今回は、私自身のアクティブ・バースに対する考え方が分娩監視装置をつけることで変化してきたことに焦点を当てて書いてみようと思います。


<産婦さんの姿勢と陣痛・胎児心拍の変化>


「産婦さんを起こさなければ痛みがつらいものになる」「産婦さんを起こさなければお産も進まない」という呪縛にがんじがらめになっていた私が、分娩経過中の姿勢、陣痛の強弱、そして胎児心拍の変化にもっとバリエーションがあることに気づくのは、だいぶ後になってからでした。


1990年初頭に勤務していた病院では、他の病院ではまだ珍しかった母子同室や夫・子ども立会い分娩などを積極的に取り入れていました。
分娩進行中にも産婦さんが前傾姿勢でまたがって座れる特性のロッキングチェアーを準備して、できるだけ座ったり立ったり、自由に動けるように配慮していました。


分娩1期は入院時に分娩監視装置を20〜30分ほど装着したあとは、数時間毎に分娩監視装置を使用するぐらいで、基本的には携帯用ドップラーで15分から30分に1回胎児心拍数をチェックする方法でした。


この方法で経過観察している産科施設が多いと思いますが、座位やトイレから戻った直後などに徐脈になることをしばしば経験しているのではないでしょうか。
そしてベッドに横になってもらうと徐脈が改善するパターンは、児頭圧迫や臍帯因子だったり原因はよくわかりませんが、とりあえずしばらくして心音が落ち着いたらまた好きな姿勢をとってもらうように、たいがいの施設ではしているのではないでしょうか。


連続でモニターしていると、さらにいろいろなパターンが記録用紙から客観的に見えてきました。


たとえば同じ側臥位でも、たとえば左側に向くと陣痛が強いのに右側に変えるととたんに弱くなり、痛みも楽になることがあります。
産婦さんにとっては「左向きに横になるのが楽」でも、「ごめんなさい。右向きの方が赤ちゃんにとっては楽みたい」と体勢を変えてもらうこともあります。


あるいは、左右の側臥位や座位だと徐脈が頻発するのに、一番胎児心拍数が安定してしかも産婦さんも楽に感じるのが仰臥位に近い体勢だったりすることもありました。


当然ですが、産婦さんが違えば、胎児の条件も一人一人違います。
胎盤がどこに付いているか、臍帯の長短、臍帯巻絡の有無、臍帯が胎盤にどのように付いているか、なども胎児心拍の変動や陣痛の強弱に影響を与えている可能性があります。


「産婦さんの快適性」や「産婦さんの自由度」を損なっているのではないかという出産の捉えかたは、助産師側の意識や行動に大きな影響を与えるものです。


それはどちらかというと「分娩監視装置は産婦さんの自由を損なう」というネガティブな捉えかたに向かわせやすいことでしょう。


ところが、分娩1期から連続して分娩進行中の胎児心拍の変動を見る機会ができたことで、「分娩監視装置をつけることは産婦さんの『主体的なお産』を妨げるのではないか」と思い込んでいた呪縛から、逆に私自身は解放されたと思います。


「自然な生理的機能」は産婦さんには快適な姿勢でも、胎児にはストレスが多い場合もある。
分娩監視装置という客観的なデーターとともに分娩経過中の事実をありのままに観察するということを積み重ねることで、「自然な分娩経過」のパターンがようやく見えてきました。


長い長い、遠回りだったと思います。