医療介入とは 36 <分娩台と医療安全対策>

分娩台のお産というと、「仰臥位のお産」「脚を固定される」などが主な批判だと思います。


これらの批判はもちろん分娩台の構造上の問題もあると思いますが、どちらかというと助産師の分娩介助技術をどれだけ標準化し安全に実施できるかという管理的な問題に由来するのではないかと考えています。


というのも、ある程度経験量があれば、分娩台の上で産婦さんにぎりぎりまで側臥位など好きな姿勢をとってもらうこともそれほど難しいことではないからです。
もちろん、「脚を固定」なんてしなくても分娩介助している助産師はたくさんいます。
そして産婦さんが希望すればそのまま側臥位で分娩介助することも、自分で工夫してできるようになると思います。


十分に分娩介助の基本動作が身に付き、安全に注意して臨機応変に対応できるレベルに達した助産師です。
現在、臨床で働く助産師のうち、このレベルに到達しているのはどれくらいの割合でしょうか。


<分娩介助時の安全とは>


安全とは具体的にどのようなことでしょうか。
赤ちゃんが生まれる直前あたりの分娩介助の安全性について考えてみようと思います。


産婦さんに関しては、半座位以外の体勢、側臥位や四つん這いなどの体勢ではなかなか産婦さんの表情が見えにくい位置での分娩介助になります。
それでも産婦さんの変化に気づき全身状態を観察できる余裕、あるいは産婦さんのこうしてほしいと感じているものを察する能力というのは、経験を積んで初めて得られるものです。


分娩時にできるだけ産婦さんの裂傷を少なくすることも、安全なお産に大事なことだといえます。
どのような分娩姿勢でも裂傷を少なくできる介助技術もまた、半座位の基本的な分娩介助技術を繰り返し習得する中で応用ができるレベルにいたると思います。
立位や四つん這いでのアクロバティックな分娩介助に挑戦してもかまわないのですが、十分な技量が伴わないとそれは産婦さんにとって不要に大きな裂傷をもたらすことと引き換えになる可能性があります。


児娩出直後の「早期母子接触」が重視される最近の風潮が、半座位以外の分娩介助方法では産婦さんの安全性を損なう可能性もあります。
赤ちゃんが生まれ胎盤が出たあと、産道の裂傷からの出血や子宮収縮の確認を怠ると思わぬ大出血にいたるのが出産です。


お母さんと赤ちゃんの対面に気を取られていたり、出血を確認しづらい体勢だと異常出血に気づくのが遅れてしまうことでしょう。
また「せっかくのお母さんと赤ちゃんの対面を邪魔してはいけないから」と、子宮収縮や出血の確認をすることを躊躇しやすくなる可能性があります。


何となく異常の気配を察し、お母さんと赤ちゃんの対面を中断させても異常の確認をするという判断ができるのも、また経験のなせるわざともいえるでしょう。


胎児や新生児側の安全性はどうでしょうか?


赤ちゃんが生まれる1時間ぐらい前から、かなり胎児心拍が下がりやすい時期に入ります。多くは産道内での骨盤による児頭圧迫や臍帯を圧迫することによる一時的なものですが、その程度や長さによっては、胎児に相当ストレスがかかり新生児仮死を起こしやすくなります。


どのような体勢でも分娩介助をするのであれば、確実に胎児心拍の変動を観察し、児がどのような状態で生まれてくるかの予測と対応ができるだけの経験量が必要です。


会陰保護で裂傷をつくらないようにすることに集中するあまり、胎児心拍の観察がおろそかになると、児に大きな負担をかけることにもなります。


そして簡単そうでけっこう難しいのが、胎脂と羊水で濡れた赤ちゃんをしっかり受け止めることです。
手が滑りそうになります。


また胎児というのは体の中で頭囲が一番大きいので、児頭が出るまでは比較的ゆっくり進みます。
ですから大きな頭が抜けたとたんに、体が飛び出すように娩出されることがしばしばあります。ヒヤッとします。


新卒さんたちの分娩介助にサポート役でつくと、その新生児の支え方のぎこちなさに思わず手を出しそうになります。
基本的な半座位での分娩介助でさえ新生児を落としそうになる危険性があるわけですから、産婦さんの自由な姿勢で分娩介助するのはかなり難易度の高い技術を要するものです。


<分娩介助の標準化、誰もが安全に介助できるため>


最近ではフリースタイルの見学や演習もとりいれているようですが、助産師の教育課程では、基本的に半座位の分娩介助方法を教えていると思います。


細かい物品や手順の違いはあっても基本はだいたい同じなので、どこの学校を卒業してもだいたい助産師は同じように働き始めることができます。


こうした技術の標準化というのは、その資格を持っている人が誰でもできるだけ安全に使えるようにという点で整備されていくものではないかと思います。
それはたくさんのヒヤリとした体験、事故の教訓を活かされたものといってよいでしょう。


ある程度経験があるスタッフだけの施設であれば、基本形から応用編に変更することはそれほど難しくないと思います。


ところが新卒から数年目までの基本を習得していく時期のスタッフが多い施設や、中途入職者が多い施設では、スタッフ間の能力を均一化していくことが安全な医療を提供するために大事なことです。


あるスタッフの時には自由な姿勢に対応してもらえたけれどあるスタッフの時にはまだ技術的に無理だったというように標準化されたことが守られないと、それはそれで産婦さんにとっては不平等という点で不満足感になり、その病院での分娩の快適度を下げることにもなるでしょう。


そのあたりが技術レベルが異なるたくさんのスタッフを抱える病院分娩での、分娩時の産婦さんの快適な姿勢をどうするかという難しさのひとつではないかと思います。


どんどん分娩台も快適性を追求して進化しているのに、お産への現実的な不満や不備のスケープゴートにされてしまったように私には思えるのです。