医療介入とは 35 <分娩台、助産師にとっての快適性>

分娩進行中、産婦さんができるだけ自由な姿勢で快適に過ごせることは看護の基本として大事なことだと考えます。
「できるだけ」というのは、時には母子の安全上、産婦さんの望む姿勢ではないことが必要な場合もあるからです。



1980年代の自然なお産を求める動きの中で助産所のお産が見直されたり、1988年に「アクティブ・バース」(ジャネット・バラスカス、現代書房)の翻訳版の影響が、1990年代初頭には病院にも徐々に現れ始めていました。


1990年代初めの頃に勤務した病院では、産婦さんは基本的に自由に動けました。
アクティブチェアーという産婦さん用のロッキングチェアーを準備したり、院内を散歩することも勧めていました。


でも今思い返すと、どちらかというと「産婦さんの快適性」よりは「同じ姿勢や寝ているとお産は進まない」という助産師側の思い込み(確証バイアス)だったのではないかと思います。


その後、分娩台で出産することへの疑問や批判が広がっていきました。


前回の記事に書きましたが、当時は助産所でも実際には電動式でない真平らな古い分娩台を使用していたので、それこそ病院よりは「仰向けのお産」のところも多かったのではないかと思いますが。


「分娩介助や医療処置をしやすい」という医療者の都合が優先されていることがまず分娩台の批判としてよくあげられます。
それ以外には、「いきむ際に重力がかからない不自然な姿勢」「仰臥位は胎児への血流量を減らすのでかえって医療介入を増やす」などの意見もあります。


さらに「分娩台ができたのはルイ14世の覗き見の性癖から」とか「学習障害、注意欠陥なども胎児に血流がいかない分娩台での出産が原因」など書いてある本を信じて紹介しているブログがいくつもでてきて驚きましたね。
こうなると、ニセ科学の中の陰謀論に近いものを感じます。



前置きが長くなりましたが、今日は分娩台に対する批判の中で「医療者の都合」のひとつを考えてみようと思います。


助産師の快適性、腰痛予防>


実は今朝起きた時に腰痛で固まっていた私です。今も、おばあさんのようにゆっくりしか動けません。


私の勤務先は基本的に助産師が分娩進行中の産婦さんの側にいられる体制ですが、昨日、数時間ずっと産婦さんの側で腰をさすり分娩介助をしました。
そういう時は、決まって翌日にこうなります。次の出勤までにはなんとか痛みも取れることが多いのですが、ダメなら鎮痛剤の座薬を使って出勤します。


それ以外に、帝王切開などの術後の方の体位変換や清拭、あるいはお母さんたちの授乳や赤ちゃんの世話を見守り介助する時も中腰の姿勢や体幹部を捻って動くことが多い仕事です。


分娩介助も、とても腰に負担がかかります。
児頭が出始める頃になると、一瞬たりとも気を抜くことなく児が飛び出さないように介助しますが、この時にやや右側に傾いた姿勢のままで介助します。長いと20分、30分と同じ姿勢をとり続けることになります。
30代の頃から、右の坐骨神経痛になりました。
水泳を本格的に続け始めたのも、腰痛を悪化させないように筋力トレーニングのためでした。


フリースタイル分娩という言葉が出始める以前から、側臥位あるいは四つん這いでの分娩介助もしていました。
産婦さんの中にも、腰痛でどうしても半座位でも上向きになる姿勢をとれない方がいらっしゃるからです。
腰痛持ち同士で、本当にその気持ちがよくわかります。


でも「分娩台の上で」が条件です。
よほどでなければ、できるだけ最後は上向きになってもらっています。
その理由として、床など低いところで産婦さんの動きに合わせた分娩介助の姿勢をとったら私自身の腰痛も悪化して仕事ができなくなることもひとつです。


電動式の分娩台は、産婦さんにとっては少し怖いとは思いますが、介助する助産師の身長に合わせて高さを調節できます。
本当にこれは助かります。
電動式分娩台がない時代だったら、私は腰痛で早くから助産師の仕事を辞めたか、体に負担がかからないように適当に手を抜いた分娩介助をしていると思いますね。



<看護職の職業性腰痛と医療安全管理>


看護職の腰痛に関した論文を見つけました。
「多施設共同研究による病棟勤務看護師の腰痛実態調査」
(日職災医誌、60-90-96,2012)
http://www.jsomt.jp/journal/pdf/060020091.pdf


全国の労災病院15施設の調査結果のようです。
その論文の中では「看護業務中の腰痛有訴率は60%」とありますが、対象者の年齢が33±9.9才ですから皆やはり看護職というのは若い時期から腰痛になるのですね。
他の全国の大規模調査では8割の有訴率という結果もあることと、諸外国に比較しても高いということのようです。


腰痛の原因としては、「体位交換、中腰による処置、移乗操作など」となっています。


一般病棟でも、頭の方を上下できるギャッジアップ式の電動ベッドがかなり一般的になり、患者さんの快適性は大きく向上したと思います。
少し前の時代であれば、頭を高くしたいときは足元のハンドルをまわして手動で調節するベッドでしたから、看護師を呼ぶ必要がありました。
ただ、ベッド全体の高さを調節できる機能がついたベッドになるとさらに高額なので、ICUなど限られているのではないかと思います。


産科になると他病棟に比べて「家庭的」が重視されるので、電動式ベッドも家具調のデザインだったりおしゃれなのですが、スタッフの体にやさしいベッドという視点が出るまでにはまだまだ時間もかかることでしょう。
それに高額であれば、施設側も購入には二の足を踏むことでしょう。


さて、その論文では以下のような結論が書かれています。

看護師の腰痛有訴率は高率であり、腰痛のため日常生活を来たしているものも少なくない。看護師の腰痛を取り除く要因は多岐にわたるため、理学的要因、労働環境に加え、心理的要因も評価した上で腰痛への対策を展開する必要がある

心理的要因とはどういうことか、以下のように書かれています。

「仕事の量的負担に関するストレッサー」「患者の人間関係に関するストレッサー」が促進要因として腰痛と統計学的に有意な関連


つまり看護職が心身ともに良い状態であって良い看護が提供できるということだと思います。


休憩もとれずいつも小走りに動かないと終わらない業務量をかかえ、その上さらに腰痛もあれば、どんなに心が優しいスタッフでも親切な一言を言えない心理状態になったり、自分の体に負担のかかるケアをする気持ちがなえやすいことでしょう。


「病院のお産は・・・」と批判されると「私たちだって一生懸命にやっているのに」という思いが出てくるし、そんなに批判される職場よりももっとゆとりのある職場で心身に負担がかからないようにのんびりと、そして親身になってくれる助産師と思われて働きたいと思うのも当然のことではないでしょうか。


多い時には一勤務帯で数人の分娩介助をする状況で、あの電動式分娩台がなかったらどれだけの助産師が体をこわし離職してくことでしょうか。


<おまけ>


「看護師、腰痛」で検索すると、上記論文を初め職業性腰痛に関するものがほとんどです。


ところが、「助産師、腰痛」だと妊産婦さんの腰痛に関してが多いですね。ざっとみたところ助産師の腰痛に関した論文はなさそうでした。
妊娠と腰痛は大事な問題なのでそれはそれでよいのですが、代替療法的対応を書いたサイトが目立っていることが気になりました。


そして、助産師の職業性腰痛についても広い意味での医療安全管理として注目してほしいものです。