事実とは何か 39 <産科診療所での無痛分娩>

今年になり無痛分娩のニュースが増えたのは産科麻酔の実態把握のための一歩だととらえていたのですが、「麻酔科医がいないところでは危険」「診療所では危険」という雰囲気のニュースが目につくようになりました。


このまま、無痛分娩が産科施設の集約化のための理由にされないとよいけれどと、思っています。


「産科診療所」というのは、周産期ネットワークシステムで紹介したように、ローリスク分娩を対象にした19床未満の分娩施設です。


分娩施設に勤務する私でも、今まで日本国内でどれくらいの無痛分娩がどこで実施されているのか情報がなかったのですが、「無痛分娩 6割が診療所、16年度調査・・・欧米は大病院主流」(2017年7月21日、読売新聞)で初めて、全体像を知りました。

 出産の痛みを麻酔で和らげる無痛分娩について、2016年度に行われた2万1000件の6割近くが診療所での出産だったことが、日本産婦人科医会の初の実態調査でわかった。無痛分娩を巡り重大事故が相次ぎ発覚する中、小規模な医療機関でより多く行われている実態が判明し、安全な体制整備の必要性が浮き彫りになった。調査結果は近く発足する厚生労働省研究班で分析し、安全対策に生かす。

 調査は今年6月、出産を扱う約2400医療機関を対象に実施し、約4割の回答を得た。14〜16年度の実施件数などをまとめた中間報告によると、16年度は約40万6000件の出産のうち無痛分娩は5.2%で、08年の推計量に比べ倍増。14年度3.9%、15年度4.5%と年々増えていた。
 無痛分娩約21000件を病院、診療所別にみると、16年度は診療所で約1万2200件(診療所での出産数の5.6%)、病院で約8800件(病院での出産数の4.7%)と、病院より診療所のほうが多かった。無痛分娩が普及する欧米では、産科医、麻酔科医、新生児科医がそろった大病院で行うのが主流だが、国内では小規模な医療機関に広がっていた


私が勤務する産科診療所の周辺でも、ここ数年で「無痛分娩」を掲げる産科診療所がいくつかできたので、この数値と実感はあっていたと感じました。


<「診療所での無痛分娩は危険」「麻酔科医がいないと危険」と結論づけられるのか>


たしかに報道された無痛分娩の事故は、重大な事故でした。
薬剤によるアナフィラキシーなのか、くも膜下への誤注入による全脊麻なのか、報道ではよくわからないのですが、いずれにしても読むだけで緊張する報道でした。


年間200件近い無痛分娩を実施している施設に10年ほど勤務していて、全脊麻に近い状況になり、周産期センターへすぐに搬送をしてことなきを得たことがあります。
同じような経験が、日本国内の無痛分娩の中でどれくらい起きているのか。
その経験をどのように再発防止に生かすのか。
それさえも、産科の看護スタッフにとっては知る機会も伝える機会もありませんでした。


この記事に書かれている数値を知って、重大事故とは別に、診療所での無痛分娩で満足して出産を終えられた方もたくさんいるのだろうと、初めて全体像が見えてきました。


<「お産の痛み」だけではない、無痛分娩を希望する理由>


小規模の産科診療所へ、無痛分娩を強く希望されて受診される方の中には、おおざっぱな把握ですが半数近い方が、うつやパニック障害などの既往があります。
「大きな病院は怖い」という恐怖心の裏には、「自分のことをよく理解して欲しい」「ひとつひとつ丁寧に説明して欲しい」という気持ちが強くあって、小規模な施設を選択する理由の印象です。
年間300から400件ぐらいの分娩数でしたら、その方のさまざまな背景を考えながらの対応も可能です。
いえ、これくらいの小規模施設でも、分娩が重なった時には対応が雑になることもしばしばあります。


もちろん、大きな病院でもそのように対応できる施設もあるのでしょうが、私がもし年間分娩数1000件とか2000件といった大病院に勤務したら、どこまで対象のことを把握できるか想像がつきません。


「無痛分娩」を選択される方は、「お産の痛みをとって欲しい」だけではないことも忘れてはいけないのではないかと思います。



<医療事故の分析の前に情報が広がってしまったのではないか>


今年に入ってからの無痛分娩に関するニュースを読むと、医療事故の再発防止のためのシステムそのものがなかったことが、まず問題だったのではないかという印象です。


無痛分娩に関するヒヤリハットやインシデントレポートを集める仕組みさえないのに、そして、それぞれの事故の背景や施設の状況も異なるのに、「診療所の無痛分娩は危険」「麻酔科医がいないと危険」と結論づけられた印象だけが先に広がってしまうのは、本当にリスクマネージメントとして良い方法なのだろうかと、末端の施設にいるとモヤモヤとしてしまいます。


そして、インシデントレポートもヒヤリハットも実名が出るようでは、有効に集まらなくなります。
今年のニュースのように、すぐに医療機関が特定され、その施設があたかも不備だったかのように分析の前に情報がどんどんと報道されて、社会的な制裁を受けてしまったのではないでしょうか。


冒頭のニュースで赤字強調した部分については、日本の産科診療所には日本なりの理由と歴史があり、他の国と簡単に比較できるものではないのではないかと思います。



無痛分娩をスケープゴートにして、産科医療の集約化を加速させることがないようにと思いながら、ニュースを追っています。



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