新生児のあれこれ 12 <へその緒がとれる>

小さな桐の小箱に入ったへその緒をお持ちの方も多いかと思います。


生まれた直後に新生児側に3cmほど臍帯を残して切断し、その後乾燥して脱落したものです。



退院間近になってもまだへその緒がついたままだと、お母さんたちはドキドキするようです。


いつのまにかとれていくものですが、そうしたお母さんたちの退院後の不安をすくなくするために、以前は「臍脱(さいだつ)は早いほうがよい」という雰囲気がありました。


乾燥の粉をつける、特殊な輪ゴムで絞める、絹糸で絞めるなど、いろいろな試みが看護研究として報告されていた記憶があります。


あのたくさんの研究の結果はどうだったのでしょうか?


「新版 助産師業務要覧 第2版」(日本看護協会出版会、2012年)には何も臍の処置については書かれていないので、臍の処置について助産師の中で標準化されたものは、まだ無いようです。


「保健指導」では大事なことだと思うのですけれど。


<へその緒が取れるということ>


臍帯の中には、胎児を育てるために大事な血管が3本入っています。


その大事な血管が胎内で圧迫されないように、あるいは簡単にちぎれてしまわないように、ワルトン膠質(こうしつ)という素材でがっちりと守られているのがへその緒です。


一見、ゼリー状のワルトン膠質ですが、臍帯を切断する時にもかなり手ごたえを感じるほど弾力と強度があります。


生まれて1日もすると、臍帯の部分はほぼ乾燥して固くなります。
中に臍帯血管の血液が少し溜まっているのですが、それも徐々に乾燥していき、全体に赤黒いような色に変っていきます。


根元をみると、しばらくはワルトン膠質がみずみずしく残った部分があります。


そして早ければ生後3〜4日頃から、その根元が少しずつ融解しながら細くなっていきます。


オムツに赤黒い膿(うみ)のように見えるものが付いたりするので、お母さんたちも不安になりますが、こうしてへその緒が溶けながら取れていくのです。


最後のほうになると臍帯血管が糸のように残って、へその緒がぶらぶらとくっついた状態になります。そうなると半日ぐらいで、ポロッと取れていきます。


へその緒が取れたあとの新生児の臍をみると、赤黒いドロドロした部分が残り、そこには臍帯血管の断端部が露呈しているので、おどろおどろしい外見です。


そのうちに表面が乾燥し始め、臍帯の断端部は縮小していきながら大人と同じような臍になっていきます。


<へその緒についての医学的な説明>


このへその緒が取れて臍になっていく過程についての医学的な説明を、「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル」(『周産期医学』編集委員会編、2009年)から引用します。


「195.おへそがじゅくじゅくしていますが?」という質問への回答です。

 臍帯は通常、生後一週間程度で乾燥、脱落する。むき出しになった表面は薄い皮膚層で覆われ、瘢痕組織が形成されて、2週間程度で治癒する。軽い局所感染があったり、上皮形成が不完全な場合、臍部が浸潤することがある。そのため、退院後の臍処置は、基本的にはへそが感染源にならないように注意する。退院後しばらくは、入浴後に、清潔なガーゼで乾燥させ、アルコールで消毒を行うことを勧める。

 しかし、臍断端に軽微な慢性炎症が持続すると小さな肉芽組織の増生をきたす。この肉芽組織は、血管を伴う柔らかい組織であり、分泌物が多く、そのため、いつもへそはじゅくじゅくしており、この状態を臍肉芽腫という。


もうひとつ、同じく東京医学社から出版された「周産期診療指針2010」では「臍帯処置」について以下のように書かれています。

 出生直後にクリップまたは結紮された臍帯から出血していないかを確認する。その後の臍帯は特に臍底部に対して毎日、抗菌薬入り
パウダーを塗布またはアルコール綿花で、清拭を行うことにより、乾燥化、感染の予防、早期離脱が期待できる。
「新生児室ルチーン」(p.502)より

私の勤務先では、沐浴時によく洗ってタオルで十分乾燥させた後、アルコールで拭くことを説明しています。
ガーゼで覆うと、ガーゼが細菌付着と増殖の培地になる可能性があるので、何も覆わないでおくことを勧めています。


以前は亜鉛華でんぷんが乾燥を早めるということで使用されていた施設が多かったのですが、沐浴時によく洗い流せていないと感染源になる可能性と、粉末を児が吸い込むことのリスクで廃止の方向になったと記憶しています。


アルコール清拭で、「乾燥化」と「早期離脱に期待できる」という点はあくまでも「期待できる」程度の話で、あまり研究されていない分野なのでしょうか?


浸出液や出血が続くときなどは受診を勧めています。


他の施設ではどうなのでしょうか?



<へその緒が取れることについて思うあれこれ>


臍帯切断時には滅菌した剪刀(せんとう)を使用して清潔操作をすることは、分娩介助の基本中の基本です。


でも臍帯切断後、時にはおしっこやうんちが付いたり、決してきれいなままではない臍周囲です。
出生後、臍帯からの感染は実際にどれくらい、どのような状況で起きているのか、案外、情報はないものです。


また、ここ十数年ほどで「創傷治癒」に対する考え方が大きく変り、創傷部分には消毒薬を使用しないことが医療の常識になってきました。


その考え方からすると、臍はどうなのでしょうか?
アルコールを使ったほうがよいのか、使うとよくないのか?


そもそも、臍脱が生後何日目に起きているのかという基本的なデーターはあるのでしょうか?


臍帯は早く取れたほうが本当に良いのでしょうか?
それとも、早く取ろうとすることで逆に弊害になることはないのでしょうか?


新生児のへその緒、まだまだわかっていないことがたくさんあると思います。
あまり研究されていない分野なのでしょうか?
そして基本的なケアについても標準化されたものがなく、本によって書かれていることもいろいろです。
どのような理由でそれまで実施していた方法が廃止になったのか、そんな経緯もわかるようなケアの標準化は大事だと思います。



それにしても臍帯は、出生後から刻々と変化して「溶けて自然と取れる」素材が備わっていることに、私はとても畏怖の念を感じずにはいられないのです。


あの「ジャックと豆の木」のように成長していくへその緒が、役目を終えると自ら枯れて溶けていく。
不思議な世界ですね。


<追記>
次回は、臍帯の処置についての研究の比較をしたものを紹介しようと思います。





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