新生児のあれこれ 13 <臍帯消毒についての記事>

新生児の臍帯の消毒に関しては、国内でもまた世界的にもまだ標準的な方法はなく研究途上のようです。


ネット上で公開されている論文がありました。
「先進国における臍炎予防に有効な臍帯脱落および臍窩の乾燥を促進する臍帯ケア方法に関する文献検討」
(坂本晴世・西岡みどり氏、国立看護大学校研究紀要 第7巻 第1号、2008年)


前回の記事で私が疑問に感じたことに対して、上記の論文に書かれていることがありました。


まず、臍帯脱落(以降、臍脱)が早いほうがよいという臨床の雰囲気には、以下のような考え方があるようです。

3.臍帯ケア方法の検討
 これまで臍脱を早め、微生物の定着および臍炎を予防するための有効なケア方法について研究が行われてきた。多くの報告で自然乾燥法の有効性を示唆しているにもかかわらず、臍帯ケア方法はいまだに標準化していない。有効な臍帯ケアとは、臍脱までの期間を可能な限り短くし、臍周辺に有害な微生物を定着させずに臍脱後の臍窩の乾燥を促進できるケア方法である。
(p.30)

また、前回の記事で「亜鉛華でんぷん」と書いたのは「サリチル酸パウダー」のことで、臍脱に対するその有効性とデメリットについても書かれていました。

 4%クロルヘキシジンとサリチル酸パウダーによる比較では、サリチル酸パウダー使用群の方が臍脱までの期間が有意に短かった。前述のように消毒薬には臍脱遅延の可能性がある一方で、サリチル酸の角化軟化作用は臍帯の早期脱落を促進したことが、この研究の結果を導いたと考えられる。(p.30)

この報告で使用されたサリチル酸パウダーの主成分であるサリチル酸は、黄色ブドウ球菌の毒素であるα溶血素の分泌を抑制する抗炎症効果を持っているが、殺菌作用は有していない。そして、サリチル酸の角化軟化作用による臍帯の軟化による有機物の増大や、粉というサリチル酸パウダーの組成が、微生物が定着した場合の発育至適環境を作り出した可能性がある。
(p.30)

アルコールやイソジンのような液体の消毒薬を使用することは臍帯の乾燥を遅らせ、臍脱遅延の因子になる可能性があるのに対して、サリチル酸パウダーを使う場合には臍脱は早くなる一方、臍周辺に微生物を付着させる環境を作りやすいということのようです。


ただし、「コクランレビューでは10件の文献をレビューし消毒薬の使用が自然乾燥よりも優れているというエビデンスは見出せなかった」一方、自然乾燥とサリチル酸パウダー使用の比較を行われた研究がないということなので、サリチル酸パウダーのメリットがそのまま臍帯ケアの有効性ということになるわけではないということでしょう。


臍脱は本当に早いほうがよいのか。
この論文を読んでもなお、やはり私にはその部分から見直してもよいのではないかと考えています。



<ペリネイタルケアの記事より>


もうひとつ、「ペリネイタルケア  2010年10月号」(メディカ出版社)に臍帯処置についての研究を比較した記事があります。こちらはネット上では公開されていません。


「出生後に、新生児の臍帯の消毒は必要か?」
聖路加大学のるかデンス研究会の方々がまとめたものです。


ペリネイタルケアの記事では、「消毒薬VS自然乾燥」「消毒薬VS抗菌剤」「消毒薬VS消毒薬」の視点から研究のレビューを行っています。


「結論」として以下のように書かれています。

 今回の研究では、研究の制限もあったが、抗菌剤を使用する場合と単純に臍帯を清潔にして自然乾燥する場合とにおいて、臍帯感染の有無に違いは認められなかった。消毒薬と抗菌薬の比較では、臍帯感染の有無に違いは認められず、臍帯脱落までにかかる日数については、消毒薬が抗菌薬より短くなっていた。パウダーを使用したものは臍帯脱落までの期間が短い傾向にあった。

冒頭の論文とほぼ同じような結論になっています。


記事の最後のまとめを紹介します。

 
 今回のシステマティック・レビューは、出生直後からの臍帯ケア、感染防止、そして臍帯脱落、養育者の処置に対する満足度などの視点から吟味されました。結果としては、消毒薬を使用したり、抗菌剤を使用したりすることが、臍帯を清潔にして、乾燥を保つようにするケアを大きく上回るという結果は得られませんでした。
英国の産褥期ケアガイドラインにおいても、感染防止に対して、臍帯を清潔に保ち、乾燥させた状態にしておくことは、消毒薬を使用する場合と同じくらいの効果があり、また、消毒薬を使用すると臍帯脱落までの時間が長くなると述べられています。消毒薬や抗菌薬を使用すると、皮膚表面の菌数は減少するが、臨床的な意味は明らかでないとも述べられています。

 現在の臨床現場では、新生児の臍帯ケアは標準化されておらず、施設によってさまざまであると思います。沐浴後に綿棒(綿球)にアルコールを浸し、臍帯の断面や臍輪部を消毒し、乾燥剤を散布し、臍帯をガーゼで包むということを行っている施設もまだまだあるようです。
(中略)
 また、臍帯脱落しないで退院する場合、養育者にアルコールと綿棒やガーゼの入ったセットを渡し、臍帯が脱落するまであるいはその少し後まで消毒するよう促すこともあります。これは、臍帯を清潔に扱い、乾燥するようにしていれば必要ないことではないでしょうか?

記事のまとめの中で英国のガイドラインの内容が参考的に書かれていますが、「だから大丈夫」と日本国内の臨床現場で受け入れるわけにはいかないと思います。


「周産期診療指針2010」に書かれている臍処置方法を前回の記事で紹介しましたが、ケア方法を見直すプロセスには医師と同じ結果を共有し統一していくシステムが必要だと思います。


助産師側の研究と医師側の研究がすれ違ってしまっては、現場は混乱します。


こういう基本中の基本処置についてのエビデンスを周産期関係者で創り上げていく、そのような一本化した周産期医療・看護研究センターのようなものがあればよいとつくづく思います。
そういう組織から、全国どの産科施設にも共通した情報が得られる。
現場で欲しいのは、そういう情報システムです。


冒頭の論文の結論には以下のように書かれています。

 新生児における臍帯ケア方法の結果を比較したRCTまたはCCTは数が少なく、感染リスクが異なる早産児と正期産児で対象を分けるとさらに数は少なくなる。また国内文献の検索では多くが実践報告や総説で、比較試験も対象数の少ない小規模な研究が多かった。これは新生児を対象にした新しい技術による介入研究は、本人の承諾が取れないことも影響して慎重にならざるを得ない現状が推察される。

新生児を対象にした研究の倫理的配慮の難しさももちろんありますが、今までの看護研究が自施設内の分母の少ない研究が主流だったことの限界ではないかと思います。


研究者の皆さんが是非智恵を出し合って、優れた研究デザインの大規模調査を企画してくだされば、現場は喜んで私たちの観察能力を提供したいと思うことでしょう。


というわけで、新生児のおなかにちょこんと残っている小さな乾燥した臍帯周辺には、まだまだ解明されていない未知の世界が広がっているのでしょうね。





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