新生児のあれこれ 26  <感染症ではないとわかった病気ー新生児メレナ>

医学の進歩とともに新生児の感染症が次々に解明されてきましたが、反対に、感染症ではないとわかったものもあります。



新生児にビタミンK2シロップを内服させていることは、この件
があるまではあまり知られていなかったことでしょう。


新生児メレナという出血性疾患を予防するためにビタミンK2シロップを内服させることは、産科に勤務していれば基本的な知識です。


現在、新生児メレナの原因を感染だと考える医療従事者はいないことでしょうが、原因不明だった一世紀前は感染によるものと考えられていた時期もあったようです。


今日は、新生児メレナの歴史についての記述を紹介しようと思います。


「周産期ケア エビデンスを求めて」(『周産期医学』編集委員会編、東京医学社、2004年)の「ビタミンK投与でメレナを予防できるか?」から引用します。

 メレナ(melena)は広義には「下血」一般のことを指すが、本稿では「新生児メレナ」すなわち「新生児出血性疾患」を指すと考え、以下論述する。


 日齢1〜3日頃の早期新生児期に消化管出血(吐血、下血)を主体とする出血傾向は古くから知られ、ギリシャ時代にはすでに「ヒポクラティス氏黒死病(mertobus nigar Hippocrates)」、または頭蓋内出血と消化管出血をきたすことから「新生児腸性脳卒中」として記載されていた。また旧約聖書創世記には「割礼の儀式は生後8日目以降にするべきである」と記述されていて、古代人は本症の臨床症状と経過を明確にとらえていたことが窺われる。


 近代になってからはTownsend(1894)によって初めて記載された。生後1週間以内に起こる消化管出血を主体とする出血傾向で母乳栄養児に多く、いったん回復し生存するとその後出血をきたさず、血友病とは区別しうる病態として報告されている。彼の報告によれば、ボストン病院の出生10,700人中50例に発症し、頻度は0.46%、死亡率は62%であったという。19世紀末の凝固活性も測定できない時代で彼は感染症の関与を推察していた。


生まれて間もない新生児が真っ赤なものを吐いたり、真っ赤なうんちを出して亡くなっていく。
原因もわからない、なすすべもない。


感染症かもしれない。
でも感染経路はわからない。
他の新生児にも感染するかもしれないけれど、防ぎようも無い。


出血し始めると半数の新生児は助からない。


どんなに恐ろしかったことでしょうか。


それから数十年後、1970年代終わり頃には日本でもビタミンK2シロップの臨床試験が行われ、1988年に厚生省「新生児、乳児ビタミンK欠乏性出血症の予防に関する研究班」が経口哺乳確立時、産科退院時、1ヶ月健診時にK2シロップの経口投与を推奨しました。


わずか一世紀に満たない間にビタミンKの関与が解明され、それが腸内細菌叢で作られることがわかるまで、そしてメレナは感染症ではないとわかるまで、どれだけの人たちの地道な研究があったのでしょうか?


ビタミンK2シロップを見るたびにふと気が遠くなる思いがするのです。




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