新生児のあれこれ 25 <こんなことも起こるのか>

ここ30年ほどを振り返っただけでも、「新生児にはこんなことが起きるのか」と驚かされるような感染症が次々と明らかになりました。


<生ものは摂らない・・・リステリア菌感染症


最近の話題では、リステリアによる母子感染もそのひとつです。


妊婦さんが、生ハムや生チーズなどを摂取することでリステリアによる食中毒を起こし、子宮内感染や産道感染により流産や子宮内胎児死亡、あるいは新生児感染症を起こすため、厚労省からも「これからママになるあなたへ  食べ物について知っておいてほしいこと」という注意喚起がされています。


2006年に出版された「周産期医学必修知識 第6版」(東京医学社)にはまだ書かれていませんでしたが、2011年に出版された「周産期医学必修知識 第7版」には単独の項目として掲載されるようになりました。


部分的に抜粋します。

周産期・新生児感染症の原因菌として、しばしば予後不良の経過をとる。リステリア菌は新生児髄膜炎の起炎菌として、大腸菌、B群溶連菌についで多い。

早産の場合、新生児リステリア感染症の死亡率は20〜50%だそうです。

新生児や乳幼児、妊婦、高齢者や免疫不全患者が本症のハイリスク群である。

妊娠中であれば早産を引き起こす可能性があり、出生直後から新生児が症状を呈する早発型もありますが、母親が無症状で新生児が生後2週間ぐらいに発症する遅発型もあるようです。


以前は、「妊娠中にはできるだけ生物を避ける」「乳幼児に生ものは与えない」ぐらいの社会常識で対応していた部分ではないかと思います。


リステリア菌感染症については「1958年に初めて報告され、2001年までに全国累積症例数は796例であった」と書かれています。
さらにその中で周産期の症例数は少ないでしょうから、私たちが産科に勤務して一生に一度遭遇するかどうかぐらいの発症率かもしれません。


それでも現代の食生活の多様化の中で、それまでの社会常識やタブーを見直す必要がたくさん出てきました。
たとえば生チーズも当たり前のように日本の食生活に取り込まれました。
売り場に「妊婦さんや乳幼児は食べないように」という注意書きがしてあるわけではないので、まさか感染症の可能性があるとは思っていない人がまだまだ多いと思います。


3〜4年前に初めてリステリア菌による母子感染を知った時は「こんなことがあるのか」と驚き、さっそく厚労省のポスターを外来に貼って注意を呼びかけたのでした。


<新生児感染症についての記憶のあれこれ>


新生児の感染症について新たに話題が出ると、当初はどのような対応をしたらよいのか情報が少なく右往左往した記憶があります。


1970年代終り、血液を介して感染するB型肝炎が徐々に明らかにされた頃は、まだ標準感染予防対策もありませんでしたから今考えると「やりすぎ」の対応をしていました。


成人の患者さんに対しても食器を使い捨てにしたり「隔離」に近いような対応をしていたところもありましたし、産科病棟でも母親がB型肝炎キャリアの新生児が使用する哺乳ビンや乳首は消毒を別容器でしていました。


B型肝炎の対応がひと段落した頃、1990年代に入って産科病棟を恐怖に陥れたのがMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による院内感染でした。
当時は、新生児に発症すると病棟を閉鎖して除菌しなければならなくなる可能性があり、スタッフに保菌者がいないか鼻腔培養をしたり戦々恐々としていました。
イソジン消毒液を希釈したお湯で沐浴をしていた施設もあると聞いたことがあります。


現在はMRSAも「保菌率を減らすために一処置ニ手洗いをしっかりと行うのが基本である」(「周産期必修知識 第7版」)に落ち着いたようです。


レジオネラ菌による院内感染も、「こんなことが起こるのか」と感じたことのひとつです。


1999(平成11)年に旧厚生省から出された「新版レジオネラ症防止指針(概要)」の中にあるように、1996(平成8)年に病院の新生児室内で家庭用の超音波加湿器が感染源と思われるレジオネラ菌感染によって新生児が肺炎で死亡したという報道がありました。
また、1999(平成11)年に24時間循環風呂での水中分娩によって出生した新生児がレジオネラに感染して亡くなりました。


21世紀に入って新型インフルエンザという言葉が聞かれるようになりました。それでもまだ国内の医療機関では「対岸の火」という雰囲気でした、2009年の世界的大流行が起きるまでは。


あの時には素早く産科病棟での対応方法が示されたので、日本産婦人科学会の「妊娠している婦人もしくは授乳中の婦人に対してのインフルエンザに対する対応 Q&Aにあるように、日本では新型インフルエンザによる妊産婦死亡の報告はありませんでした。


あの対応に追われた時に、人類は感染症との闘いだと改めて感じました。


これからも「こんなことが起こるのか」ということに何度も何度も直面するのでしょうね。




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