母乳のあれこれ 28 <「不必要なミルク」とは>

母乳推進の動きの中で時々目にするのが、「不必要なミルクを与えないように」という一言です。


不必要な・・・というのはどういうことなのでしょうか?


おそらく飢餓や脱水に陥るほどの危険性は、今の日本ではよほど何か事情(災害時や親側の育児の認識など)がなければ母乳は不足していないし、そこそこの成長曲線に沿って成長・発達していればミルクは不要だという「医学モデル」なのかもしれません。


でも、それで実際にお母さんたちは納得できるのものでしょうか。


なんだかもやもやするこの「不必要なミルク」という表現について、今回はとりとめのない話ですが書いてみようと思います。


<「ミルクを足さなくて大丈夫」の一言が・・・>


10年ぐらい前に自治体の新生児訪問で出会ったお母さんと赤ちゃんです。
生後1ヶ月半ぐらいでしたが、体重も順調に増えていましたし月齢相当に表情や動きも問題なく育っていました。


一日に2〜3回。ぐすっている時にミルクを足している程度でしたから、「ミルクを止めて母乳だけで大丈夫だと思いますよ。ぐずっているときにはあやしてみたり待ってあげればよいと思います」とお話しました。


当時はまだ個人情報云々とか厳しい時期ではなかったし、保健センターから委託された訪問指導のあとに少し気になる方に連絡をとっても、保健師さんから何かいわれるわけではありませんでした。
自分のアドバイスがどのような結果になるのか確認したかったので、訪問のあと状況をお母さんからメールで教えてもらうこともありました。


そのお母さんから、「さっそくミルクをやめてみました。母乳だけで大丈夫そうです」という喜びにあふれたメールが来ました。


ところがそれから1ヶ月もしないうちに、「体重が全く増えなくなってしまいました。おしっこの回数も量もあるし、見た目は元気なので母乳だけで足りているのかと思っていたのですが」とメールが来ました。


生後2〜3ヶ月までぐんぐん体重が増えた赤ちゃんが、急に3ヶ月前後で体重が横ばいになることもありますが、その赤ちゃんは横ばいになったまま成長曲線からはずれてしまったのです。


たまたま小児科を受診して体重が増えていないことがわかったとのことでした。
ミルクを足してみようとしたところ、赤ちゃんがガンとしてミルクを受け付けなくなってしまったことがまたお母さんを不安にさせました。少し前までは、何の問題もなく哺乳瓶での授乳もできていたのに・・・です。
なんとか体重を増やそうと、授乳回数を増やしたり、スプーンでミルクをあげたり、とにかく体重を増やすことに一日が追われるような毎日が続きました。


3〜4ヶ月健診で体重が要チェックになり、2〜3週間ごとに保健センターに通うことになりました。
2〜3週間でようやく100gぐらい増えて喜んでいると、次の回では横ばいで落胆したり、お母さんは赤ちゃんの成長に心を痛める毎日でした。


結果的に体重が少なめ以外には問題はなく「小さめの赤ちゃん」ということになったのですが、私にはもしあの時「ミルクをやめても大丈夫」の一言を言わなければ結果は違っていたのではないかと気になり続けています。


同じ赤ちゃんの同じ状況を再現することはできませんから、もし「ミルクをやめずに混合で育てていれば体重はもっと増えていたのか」「もしミルクをやめずにいたら、もっと体格自体が大きくなった可能性があるのか」ということを確認する手段もありません。


時期的にも赤ちゃん自ら急にミルクを受け付けなくなる場合もありますし、ミルクを足してもなかなか体重が増えなくて心配する場合もあります。


それでも「赤ちゃんが自分でミルクを受け付けなくなって母乳だけになった」場合と、「お母さんがミルクを足すのを止めた」場合では、このように体重の増え方が急に止まった場合のお母さんの気持ちには大きな違いがあるのではないかと思います。


1〜2ヶ月頃に体重が順調に増えていれば、ミルクを減らしたりミルクを止めても大丈夫だろうということはおおよその判断としては間違っていないと思いますし、そうアドバイスしている人も多いと思います。


今回紹介したようなケースのほうがむしろ珍しいことかもしれません。
でも本当に珍しいのか、全体のどの程度、このようなケースがあるのかさえよくわかりません。統計的なものは何もないからです。


このお母さんと赤ちゃんに出会ってから、私は「母乳だけで大丈夫」あるいは「ミルクを止めても大丈夫」ということに慎重にならざるを得なくなりました。
この一言が、また目の前のお母さんと赤ちゃんに同じような思いをさせてしまう可能性があるからです。


<「不必要なミルク」は誰が決めるのか>


「できるだけ母乳だけで育てたい」とおっしゃる方が多い時代ですから、「ミルクをやめても大丈夫」という一言はお母さんに自信をつけるうれしい言葉なのだろうと、以前は思っていました。


でもこちらの記事に書いたように、とりわけ産後1ヶ月前後を授乳に明け暮れて必死に乗り越えたお母さんたちには時に酷な一言にもなります。

お母さんのおっぱいをみて「全然問題ないからミルクを切って大丈夫だと思います」と励ましていたつもりですが、今考えるとそのお母さんにすればミルクを切ればずっとおっぱいを吸わせる状況に戻っていくことになるのです。特に初産婦さんの場合には。

誰も手伝いがいない中で「吸わせ続ける」ことは現実的でないアドバイスということになるでしょう。


最近はネット上などで、「ミルクを足していいよと言われて正直ホッとした」という率直な思いを知る機会がふえました。
「母乳だけで大丈夫ですよ」と声を掛けても、うれしいと感じる人ばかりではない事実もみとめる必要があるということだと思います。


「不必要なミルク」とはどういうことか。
その言葉を広げたことでどのようなことが起きる可能性があるのか。
もう少し慎重に考えたほうがよいのではないかと、もやもやさせる一言なのです、私には。





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