完全母乳という言葉を問い直す 41 一度広まった言葉はなくならない

「本質に戻るまで30年ほどかかるのかもしれない」のコメント欄で、とかえこさんに「ここ10年の授乳について広がった考え方や方法論について書いてみたくなりました」と大きなことを書いておきながら、逡巡したまま時間がすぎていました。

あれから2ヶ月ほど、散歩の記録を書きながらもいつも、「30年とか半世紀、一世紀の世の中の変化をどのようにとらえることができるのだろうか」ととかえこさんへの返信を意識していました。

 

先日、産後で入院中の経産婦さんから「完母じゃないとダメですか」としんみり相談されました。

尋ねられた真意はわかりません。

 

2018年ごろには完全母乳という言葉は使わないという社会の雰囲気も出てきたのですが、最近のお母さんたちにはむしろ「完母(かんぼ)」という言葉が浸透している印象です。

一旦、広がった言葉は、もう回収することはできそうにないですね。

 

さて、その方へなんとお話ししたらよいか。

「家に帰ったら上の子さんの新たな成長に試行錯誤して対応し、この赤ちゃんも無事に育つように見守ることがお二人めの大事な課題だと思うので、お母さんも赤ちゃんにも無理のない授乳方法が第一かもしれませんね。お一人お一人違いますからね」と一応、控えめに答えたのですが、「ああ、その一言でほっとしました」とのことでした。

 

ただ、もしかすると言葉とは裏腹に、「こうすれば『完母』にできますよ」というアドバイスが欲しいお母さんだったら、私の答えは大変不満足であり、「何も教えてもらわなかった」というお気持ちになるかもしれません。

 

あるいは、「一人目の授乳がとても大変だったので、今回はミルクよりで」とおっしゃる方も増えました。

初産婦さんと経産婦さんの違いがあるので、初めての時ほど授乳での大変さは少ない可能性はお話ししますが、「お母さんの選択で良いと思いますよ」と伝えるようにしています。

「今回は混合で」「哺乳瓶にもならせておきたい」と思っていたのに、1ヶ月ごろには母乳だけのペースになって哺乳瓶を頑として受け付けないとか親の思う通りにいかないことが、経産婦さんの場合時々ありますからね。

 

それでも「今回はミルクよりの母乳で」、その一言をこちらに伝えるまでに、前回の精神的に不安定になった時期や自身の「うまくいかなかった」記憶が蘇ってくる中で、さまざまな葛藤があったのではないかと想像しています。

そして、「頑張れば母乳で大丈夫」と励まされたらどうしようかと悩んでいたかもしれません。

 

でも、お母さんたちの間で「完母」という言葉が残っているのであれば、もしかすると時間が経つと、「あの時、もっと『母乳で頑張る』ように背中を押してくれたらよかったのに」というお気持ちにまた揺れるかもしれません。

 

 

私の目の前にいるお一人のお母さん、そしてその赤ちゃんに必要な一言は、なんだろう。

新生児も安定して体重増加期に入るまで、さまざまな変化があり、テクニックだけではどうすることもできないことがあります。

 

相手の生活を知らないのに、自分の価値観で断定することは避けなければなりません。

うまくいかないことも含めて、変化をじっと待ち、見守るしかないですからね。

たとえうまくいかなかったという気持ちの矛先が後でこちらに向いてくることがあっても、それが重荷のケアというあたりかと思うようになりました。

 

ああそういえば「完全母乳」という言葉はその後、世界でどうなったのだろうか整理してみようと思い立ちました。

 

 

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