産科診療所から 12 <見守るケアを行うのに適正な人数>

産科診療所に移って、私の年収は総合病院時代の3分の2ぐらいになりました。
休日でも突然の呼び出しがあったり、分娩が重なると24時間ぐらい連続で勤務することも珍しくないぐらい労働条件は過酷になりましたが、それらの時間外手当を含めても減収です。


でも、私自身はとても今の仕事に満足をしています。
それは、ケアを行うのに適正な人数というものは診療所で対応するくらいの人数なのだと心から納得しているからです。


これまで「新生児」のタグがついた記事で、新生児についていろいろと観察したことを書けるようになったのも、診療所でゆっくりと生まれた赤ちゃんと関わる時間ができたからだと思っています。


決して診療所がひまだというわけではありません。
少ない人数で勤務していますから、時には修羅場になります。
けれども、一度にかかわる対象数が少なければ、やはり目の行き届き方が違うものだと感じています。


これは、総合病院でも1990年代頃から固定チームナーシング制を取り入れたことと通じるのではないかと思います。


以前は一病棟40人ほどの患者さんを、日勤なら一人のリーダーが全員を把握して数人のスタッフと共に看護していました。夜勤でも、2人のうち一人がリーダー役、一人がフリー業務ということで、申し送りは40人分を聞いて把握しなければなりませんでした。


固定チームナーシングでは40人を二つの看護チームに分けるので、重点的に把握する人数は半分で済むようになりました。


ただ私は病棟全員のことを把握して仕事をする方法を教わってきた世代なので、最初の頃は自分のチームで担当している患者さん以外を知らないことに不安がありました。
でも実際にその方法を取り入れてみれば、看護職一人が重点的に関わる人数が半分になったわけですから、より深く患者さんに関わる意識がでたのではないかと思います。


<看護の基本に立ち返ることができた>


あるいは、助産師になる前に看護師として働いていた時期にも、いつも「もっとゆっくりと患者さんに必要なケアをしたい」という思いがありました。


病気になって身動きがとれなくて辛いときにこそ、「冷たいものを飲みたいと思う時に飲める」「窓を開けて換気して欲しいと思う時に窓を開けてもらえる」「入浴できずに体が不快であれば、清潔にする」「体のどこかをさすってもらったら気持ちがよいと思う時にさすってもらえる」・・・そうした看護ケアの基本が最も必要になる時です。
ところが、ちょうど看護師になった頃から医療が急激に高度化して、診療の介助(点滴や処置)に時間がとられることが多くなりました。


たとえば自分が風邪をひいて寝込んだとしても、冷蔵庫まで這っていけば冷たい飲み物も飲めます。
それだけのことで体力を回復させられることもあるのに、病院に入院すると反対にそういうことに手が届かなくなってしまう。
そんな矛盾した環境を歯痒く思っていました。
「あの患者さんは今こうしてほしいのだろうな」ということにまで対応しようと頑張れば頑張るほどいつも走り回ることになり、忙しくて頼みづらい雰囲気にもなっていたのではないかと思います。


患者さんたちがベッドの中で私たちの動きを敏感に察して、声をかけたくてもかけないでいることも痛いほどわかりましたから。


<見守るケアを大事にすることができる>


現在の勤務先では、日勤・夜勤ともに基本的に2人の看護スタッフで10組未満の母子をケアしています。


こちらの記事に書いたように、新生児は夜中過ぎまで活発な時間があります。
夜は常にお母さんと赤ちゃんの状況を見ながら、お母さんが安心して赤ちゃんの世話に慣れていけるように説明や見守る時間が格段に増えます。


とりわけ生後3日ぐらいまでの新生児はよく啼いてあまり眠りませんから、生後3日以内の新生児が多い日は、同じ人数でも(感覚的には)倍以上の手がかかります。


また初産のお母さんが多い時にも、ケア量は増えます。
抱っこやオムツ交換だけでも初めてのお母さんの緊張は強いので、最初は手取り足取りです。
赤ちゃんをあやしたり、おっぱいを吸わせたりするのも側でずっと見守る必要性があります。


いろいろなことを教えたくても、初めてのお母さんは赤ちゃんを抱っこしていることで一杯一杯なので、何か説明しても右から左へ抜けてしまっていますから、退院後に困らないようなアドバイスも繰り返ししていく必要があります。


「病院では説明されなかった」「教えてくれなかった」という不満の多くが、実際には説明はされたけれどお母さん自身が理解したり受け止められる余裕がなかったことも多いのではないかと思います。
1〜2週間もすると、初めてのお母さんたちもあの手に汗をかきながら赤ちゃんの世話をし始めたあの日のことを忘れてしまったように見えるほど成長されていますからね。



産後3〜4日も過ぎると、初めてのお母さんたちもだいぶ一人で赤ちゃんの世話に慣れてきます。
それまでのように赤ちゃんが泣き出すとすぐに部屋を訪れることはせずに、ナースステーションでお母さんが何をしているか気配を感じながら見守るようにしています。
そして、今このことが知りたいだろうというタイミングで行くように心がけています。


こちらから口をだし、手をだしてしまったほうが早いけれど、それではお母さんたちが経験する機会を奪うことになってしまいます。
見守るケアというのは、とても質の高いケアだと思っています。


こうしたひとりひとりの状況を配慮しながら必要なケアを行うのには、私自身は複数のスタッフで数組の母子までが最適かなと考えるようになりました。



<人のケアに最適な人数>




これは産科や医療に限らず、高齢者介護のケアでも同じではないかと思うのです。



私の父は認知症で小規模のグループホームで生活をしています。
スタッフの方々が、入所しているひとりひとりの生活のペースに合わせて見守ってくださっているお陰で、父はとても穏やかな表情で周辺症状の増悪もなく過ごすことができています。


家族だけで24時間父を見守ることに張り詰めた雰囲気の中では、ここまで父の平穏な時間は作ることはできなかったと思います。



これまでの医療や看護は、忙しさに応じて人数を増やすために闘ってきたともいえるでしょう。こちらの記事の2・8闘争のように。
この見守ることのケアへどれだけお金と人を増やせるかという方向にはなかなかならなかったように思います。


人のケアに最適な人数。
特に見守るケアの大切さ。
それは、介護の分野やこれまでの診療所の看護に学ぶところがあるように私は思います。





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