助産師の世界と妄想 11 <新生児訪問のリスクマネージメント>

手元にある助産師教育課程の教科書や日本看護協会が出して来た「助産師業務要覧」の何冊かを一通り目を通しても、新生児訪問の際の「心構え」のようなものやどのようなトラブルに注意が必要かといったリスクマネージメントの視点から書かれた内容はありません。


それでも1990年代ぐらいまでに出版されたものであれば、訪問は何をするのかといった基本的なことが書かれているのですが、最近のものになると「助産師は何を求められているのか」「助産師はどんなに活動しているのか」と助産師像が肥大、いいかえれば誇大妄想のような視点の内容が目立ちます。


肝心の看護の対象であるお母さんや赤ちゃん、そしてご家族にとって私たちの行為はどのような影響を与えているのかという視点が少ないようです。


<一回の訪問がその後の人生を大きく変えてしまう可能性がある>



新生児訪問は、私にとっては病院の仕事ともまた違う楽しさがありました。
ただ、こちらの記事で紹介したように、「変なことを教えたのではないか」「その後をきちんと確認しなかったのが悪かったのか」と自身を責め続けることになるほど、相手のお母さんと赤ちゃんに一生の影響を与えるかもしれない不安と緊張がありました。


たとえば、「ミルクを切っても大丈夫」の私の一言で、その後の赤ちゃんの成長がゆっくりになってしまった方などヒヤリとすることはいくつもあります。


病院や診療所であれば、気になればいつでも連絡したり来院していただけるのですが、訪問は通常1回のまさに一期一会です。


私の言ったことが、どれだけ相手に影響を与えたのか。
時には、お母さんや赤ちゃんの健康に影響を与えるような事態にもなっているかもしれません。


現在、病院や診療所では、こういうヒヤリとしたことや実際に問題が起きた場合には、インシデントレポートとして情報を共有しあい、再発防止策がとられるようになりました。


それがリスクマネージメントの大事な部分です。


新生児訪問でも、やはりお母さんや赤ちゃん、そして時にはご家族にまで大きな影響を与えるインシデントが発生している可能性はないのでしょうか?


助産師の一言から半年間寝たきりに>


新生児訪問で検索しているうちに、「新生児訪問と助産師のこと。twitterより」というブログ記事を見つけました。


まだ今年の初めにご出産された方のようです。

産後2か月目のこと。新生児訪問してくれた地域の助産師さんから毎日抱っこで散歩するように言われ、家でも一日中抱っこしている上、当時7kgの息子を抱えて毎日散歩に出かけるようになった。


訪問してくれた当日も、片道徒歩20分のドラッグストアーまでいますぐ馬油を買いに行きなさいといわれ、体調が優れない中、出かけた。


その後骨盤が炎症を起こして4〜5ヶ月ほぼ寝たきりに。


2月初め、大雪のあと道に雪がたくさん残る道を息子をスリングに入れ1時間ほどかけて歩いた。


腰痛の相談をすると、その時していた骨盤ベルトをすぐに外した方がいい(サラシがないなら、腹巻きで十分)と言われて慌てて外した。



産後1か月、骨盤輪が不安定なまま標準よりずば抜けて思い赤ちゃんを抱っこし続けた。
あの時骨盤ベルトを外さなければまだましだったのではないかと思う。

この新生児訪問がきっかけと思われるかのように、「産後の身体と病院のこと」の中で、「産後2ヶ月目から腰痛が急激に悪化し、足の付け根と仙骨に激痛が走って歩行困難になっていた」と書かれています。


以降、ご実家と自宅近くの病院や整体を探し続けた様子が12の記事に書かれています。

これまで通ったのは、整形外科6件、産院、肛門科、整形外科での牽引は十数回、整体院(カイロプラクティック3件、鍼灸院2回。

記事を読むと、この方が代替療法に向かわざるを得なくさせてしまったことや回復が遅れた可能性があるのに医療側の問題点もいくつかあるので、考えさせられるものです。


ただ、やはりこの寝たきりにさせてしまったきっかけは、訪問した助産師の「アドバイス」だったと私は思います。


<産後の腰痛に対する標準的な考え方ではなかった>


訪問時にはまだ「腰痛の相談」であって、「7kgの重い赤ちゃんの世話をするのに骨盤ベルトで固定してなんとかやっていますが、大変です」という状況だったのではないかと思います。


産後の腰痛の原因や経過については、こちらの記事で紹介したように、「腰仙骨神経叢の障害や恥骨離開、仙腸関節の軟骨の損傷も分娩時に起こるが、通常は産褥8週間までに軽快する」というのが標準的な考え方です。


それでも、自宅に戻って来て一人で大きめな赤ちゃんの世話をして腰痛が長引くこともあることでしょう。


産後の腰痛の原因になる骨盤輪不安定症の対応については、こちらの記事で紹介したように、腰痛がある間は骨盤支持ベルト(トコちゃんベルトでなくてもかまわない)で固定し、安静と鎮痛剤の使用、そして徐々に自身の筋力を戻していくことが基本です。


痛みのある時に骨盤ベルトを外させ、重い赤ちゃんを一日中抱っこさせたり、散歩をさせたりすれば症状が悪化することは容易に想像できるものです。


必要なアドバイスは、腰に負担がかからないように赤ちゃんをできるだけ抱っこしなくて済む方法や、家事・育児の負担を減らすための社会資源はないか一緒に考えることだったのではないでしょうか?


標準的な医学の考えとは真逆の方法をお母さんにアドバイスしたのは、この助産師の思い込みであり、結果、お母さんと赤ちゃん、そしてご家族に多大な負担をかけてしまったといえるのではないでしょうか。


もちろん、赤ちゃんの寝かしつけ方とか授乳の姿勢とか沢山のことを教えてもらって、助かった点はたくさんある。


産後寝たきりになったのも、それが唯一の原因ではない。


でも現代女性の産後の体のこと、精神的なこと、もう少し注意深くケアしてもよいのではと思う。

訪問してもらって助かったこともあるからこそ、これほどひどい状態になっても相手のことを批判できなくなりやすいのは、誰にも起こり得る心理だと思います。


こうした泣き寝入りのお母さんと赤ちゃん、ご家族がどれくらいいらっしゃるのだろう。
とても気になっています。





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