母乳は乳児の感染を防ぐことに効果があることは、さまざまな研究からも明らかになりました。
特に出生直後から飲ませる初乳が大事なものであると世界中で認識されたのは、こちらで紹介したように「初乳を『荒乳(あらぢち)』として捨てていた」習慣があったことなどからも人類の歴史の中では最近のことなのかもしれません。
母乳が赤ちゃんの感染を守ることについては、たとえば「特集 母乳育児のすべて」(「小児内科」、2010年10月号、東京医学社)の「感染防御と母乳」(p.1634)では以下のように説明されています。
母乳には免疫グロブリン、ラクトフェリンなどの感染防御因子が豊富に含まれており、免疫系が未熟な乳児を感染から保護している。
たしかにそうかもしれません。ただ、その母乳哺育のメリットは「乳児の急性中耳炎、消化管感染症、下気道感染症を減らす」といったものですが、それらの3つの感染症は生後1ヶ月以内の「新生児」にはあまり聞かない診断名です。
また、出生直後に状態の悪い新生児はすぐに母親から離されて保育器内で治療が開始され、初乳を与えられるのが遅れるか、あるいは母子の状態によってはまったく初乳も母乳も飲まないままの場合もあります。
何より最初からミルクだけで何ら問題もない赤ちゃんの成長を、私たちは日々見届けています。
世界中で、初乳が「栄養のないもの」「飲ませるべきではないもの」として捨てられていた話は時々目にします。
そういう地域でも人類は生き延びてきたわけです。
この初乳を与えられた場合と与えなかった場合の違いについて、新生児期の感染症の発症の差に関する報告や研究というのは未だにみたことがありません。
母乳どころか初乳さえも与えなくても、無菌の胎内から雑菌だらけの世の中に出てヒトの新生児は生きつづけています。
他の動物はどうなのだろうと思って調べていたら、牛の初乳について書かれていました。
<牛は初乳を飲ませないと生きられない>
一般社団法人Jミルクの「牛乳の気になるウワサをすっきり解決!」というサイトの「ウワサ7 市販の牛乳を子牛が飲むと死ぬ」に以下のように書かれています。
子牛が生まれて初めて飲む「お乳」は、通常の母乳とは成分の違う「初乳」を与えなければなりません。なぜなら、子牛は胎児のときに母親から免疫たんぱく質を受け取れないからです。ちなみに人間は、胎児のときに胎盤を通じて免疫たんぱく質を受け取ってから生まれてきます。
これが冒頭でリンクしたwikipediaの「初乳」に書かれているように、ヒトの場合は「胎盤を介して高濃度の抗体(IgG)が胎児に移行」し、ウシやウマは胎盤を介して移行しないので初乳を飲ませなければならないということです。
そしてIgGには以下のように書かれています。
IgGはヒトの胎盤を通過できる唯一のアイソタイプであり、自分の免疫系を確立させる生後一週間までの間、胎児を守っている。
生理的早産と考えられているヒトの新生児は初乳を飲まなくても感染から身を守るための抗体が胎盤を介して備えられていて、生まれたらすぐに独り立ちしているように見える他の動物のほうが初乳は絶対に必要なものであることは何か不思議な感じがします。
<牛乳とフードファディズム>
ところで、牛乳というのはフードファディズムを引き起こしやすいキーワードではないかと思います。
「牛乳は牛の赤ちゃんのものなのに生まれてすぐに母牛から引き離されて飲めず、人間のために搾乳される」という批判を耳にすれば、心がざわつくことでしょう。
乳児用ミルクへの忌避感への入り口にもなるのではないかと思います。
上記の「市販の牛乳を子牛が飲むと死ぬ?」の中で「乳牛のライフサイクル」へリンクできます。そこには、以下のように書かれています。
出産後、最初の5日間の「初期初乳」は、たんぱく質が多く含まれるため子牛に飲ませ、工場には出荷できません。
へぇー、なるほどですね。
少し調べれば、心を頑なにさせなくて済むことかもしれません。
感情的な忌避感から牛乳有害論を取り込んでしまう方もいるかもしれません。
牛乳有害論についてはdoramaoさんの「有名人がエビデンス」や「モーいちど骨粗鬆症と牛乳」の記事、そして「謎解き 超科学」をどうぞ。
「世界はひろいな」まとめはこちら。