なにがなんだかわからない

エボラ出血熱の感染国で活動してきた医療従事者への対応については、「犯罪者のように扱われたのか」「潜伏期から発症のグレーゾン」で書いたように、潜伏期間と考えられる日数を過ぎてからの帰国が感染症対策としては合理的ではないかという疑問を書きました。


国境なき医師団」だけでなく、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)が「エボラ熱の医療従事者『差別しないで』」という声明をだしているようです。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)は10月31日、西アフリカで大流行中のエボラ出血熱の対策に関連して、「エボラ出血熱の感染国から戻ってきた医療従事者が、差別無く尊敬をもって扱われる事を保証することを強く求める」との声明を出した。


背景には、米国の一部の州が西アフリカの感染症国でエボラ患者と接触した人の隔離を義務づけたことなどがある。IFRCは、医療従事者に対して「科学的知見に基づかない隔離を含む差別」が医療従事者の確保を難しくし、さらなる感染拡大につながりえると主張している。
朝日新聞 2014年11月1日)

こうした主張を読むと、1990年代以降、私たちが医療機関で日々実践して来たCDCの標準感染予防策とは違うルールができてしまったかのように困惑しています。


<感染国での医療活動の報告より>


感染国で活動した医療従事者にとって、「エボラ患者と接触」することがどういうことなのかわかる記事がありました。
千葉日報の「『ウイルスは消毒薬で死滅。過度な心配の必要はない』エボラ熱医療に従事した千葉県の看護師、大滝さん」という記事です。


たしかに、感染国を旅行したとか感染国から入国しただけでは「過度に心配する必要はない」と呼びかける事は正しいし、隔離する必要もないと思います。


ただ、実際の患者に接した医療従事者はまた別の話ではないでしょうか。

西アフリカで猛威をふるうエボラ出血熱。シェラレオネで医療活動に従事した看護師の大滝潤子さん(38)は「防護服はサウナのように暑く、体力を奪われた」などと過酷な日々を振り返った。
(中略)
国際的な活動で知られる「国境なき医師団(MSF)」の日本事務局は、6月以降、3人目の看護師を順次西アフリカへ派遣。大滝さんは8月3日から9月10日まで、シェラレオネ東部のカイラフンにある治療センターで働いた。


地元や、各国から派遣された医療スタッフ計薬50人態勢で、約60人の入院患者を担当。毎日患者がなくなり、新しい患者も5人ほど入院する。一緒に働いていた現地の看護師もエボラ出血熱にかかり死亡した。


医療従事者への二次感染を防ぐため、入院患者がいる隔離エリアに入る際は防護服にマスク、ゴーグルを装着し、1回の作業は最長でも1時間に限られた。
患者の吐しゃ物や排泄物にはウイルスが含まれるため、手袋をしていても触れる時には恐怖を感じた


少しのミスが命取りになりかねない。作業を終えるたびに必ず手を洗うとともに、手で顔を触らないよう癖をつけていた。
どこにウイルスが付着しているかわからないため、隔離エリア以外でも、他人に触れたり、触れられたりしないよう心がけていた


「防護服の暑さで体力を奪われた上、毎日患者の死に接して精神的にもきつかった」と話す大滝さん。これまでMSFの派遣でイラクやヨルダン、南スーダンでの医療活動を経験しているが「今回が一番過酷だった」と振り返る。(以下、略)
(2014年10月28日)

防護服を着用し、プロトコール通りに患者に対応していてもこれだけの不安を感じるのがエボラ出血熱のようです。


たとえ「潜伏期には感染しない」と言われても、いつから発症するかは誰にもわかりません。
今までエボラ出血熱の患者に接して来た医療従事者が空港に到着した途端、嘔吐するかもしれません。


あるい西アフリカから活動を終えて自宅で経過観察中の医療従事者が症状を訴えて受診するとなれば、受け入れ先の病院のスタッフも二次感染の恐怖におびえながらも、受け入れ準備をすることでしょう。



こうした空港職員や発症時に受け入れる病院のスタッフが納得できるような、「活動したスタッフが潜伏期間内に自国に戻っても大丈夫」という「科学的知見」は本当にあるのでしょうか?


実際にプロトコールに添って現地で活動していた看護師も死亡している。
帰国したスタッフが発症して入院した施設での二次感染が起きている。


この二つを聞いただけでも、大丈夫ではなく、わからないということではないかと思います。
であれば、発症する可能性がなくなるまでは現地に留まるのが確実な感染予防対策ではないかと思うのですが。


たしかこの日本人看護師さんの場合は、21日間ブリュッセルに留まったあと帰国していたと思います。
派遣する団体は、活動を終えたスタッフを現地あるいは拠点地で休息させながら経過観察をする方法をとればよいのではないでしょうか。


まるで地獄絵図のような活動地から自国に戻るまでには、精神的なリハビリ期間も必要かもしれません。
潜伏期間を過ぎて凱旋されれば、もちろん尊敬をもって社会は迎えると思います。


国際赤十字が隔離と差別を結びつけて声明を出したとすれば残念なことですし、標準感染対策に従ってきた医療従事者には混乱を残すのではないかと思います。