母乳のあれこれ 34 <途上国以外のお母さんがターゲットに変わっていった母乳推進>

WHO/UNICEFが途上国の母乳推進を進めた結果は、「完全母乳率の高い国は、乳児死亡率が高い国と重なる」になってしまったのは素人目に見ても明かです。


ところが、その途上国の乳児死亡率を下げることが目的で1979年に出された「唯一の自然な育児方法は母乳によるものであり、すべての国はこの方法を積極的に奨励しなければならない」という信念と、「母乳育児を成功させるための10か条」は再検討されることなく、いまだに各国の政策にも大きな影響を与えているようです。


いつの間にか、途上国のお母さんと赤ちゃんのためではなく、それ以外の国のお母さんが達成すべき目標にすりかわってしまったようです。


今回も畝山知香子先生の「食品安全情報ブログ」を参照させていただきながら、2000年代後半のそうした「戦略の変化」を見てみようと思います。


<「できるだけ母乳を」から「母乳だけで、できるだけ長く」へ>


1980年代から90年代半ばまでは日本でも「できるだけ母乳をあげましょう」ぐらいだったものが、2000年代に入るといつのまにか世界中で「6ヶ月は母乳で」「完全母乳で」になり、さらにそれが「国家目標」にまでなっていく様子が、以下の記事から伝わってきます。

しかも乳児死亡率が十分に低い先進国で。

「母乳をもっと長く」
(2006年10月2日、ドイツ)
母親の半分が生後6ヶ月までは母乳のみで育てるようにという助言に従っていない

「母乳を選択する女性は増えているが、まだ母乳のみでの育児は国家目標より低い」
(2007年8月6日、アメリカ)


2008年代になると、それまで「生後6ヶ月は母乳をあげる」だったものが「生後1年は母乳で」と変化しています。

「新しい母乳研究によれば多くの母親が早々にやめている」
(2008年8月13日、アメリカ)
Birgham Young Universityの調査によれば、77%の母親が母乳で育てようとするが、6ヶ月ではわずか36%の赤ちゃんしか母乳を与えられていない。
政府の目標は2010年までに50%である。米国小児科学会は最初の1年はずっと母乳を与えるよう薦めている


育児中の母親の状況はそれぞれなのに、国を挙げての母乳育児達成の数値目標が各国で出されているようです。

「英国の医療制度は母乳育児に失敗している」
(2008年9月26日、イギリス)
英国では赤ちゃんを産んで母乳を与え始めた人の40%が6週齢までに母乳をやめてしまい、6週齢で母乳のみの赤ちゃんはたった20%である。やめる理由のひとつに痛いからというのがある。

「母乳をサポート:金メダルに値する」
(2008年9月30日、ドイツ)
オリンピックの年にちなんで、母親が母乳で育てることをサポートする人は誰でも金メダルに値するという信念を表明するものである。
ドイツでは
90%の母親が母乳で育てようとするが、いろいろな理由で6ヶ月までに半分以上が完全母乳をあきらめている

どこの国のお母さん達も、見えないプレッシャーが年々強くなっているようですね。


そして2011年には、WHOが「母乳を2歳まで」という数値を出しました。

「世界中の赤ちゃんにとって6ヶ月間母乳のみで育てることがベスト」
(2011年1月17日、WHO)
WHOは子どもの最大の成長や発育のために、世界中の母親に6ヶ月間母乳のみで育てることを薦める。その後、栄養補助となる食品を与え、母乳は最大2歳、または2歳すぎまで続けるべきである。

完全母乳(evclusive breastfeeindg)の方向性は、ますますexclusive(排他的な、一部の限られた、お高くとまった)ほうになっていくようです。


<さらにexclusiveな母乳推進の動き>


2009年にはWHOが自然災害時にも母乳を与えるように呼びかけています。

「WHO:母乳育児、命に関わる緊急対策準備はできている?」
(2009年8月3日、WHO)
今年のテーマは特に緊急時の母乳が命を救うのに大切であることを強調する。

自然災害などで多くの人々の健康と生存が脅かされるような場合、子どもたちは特に弱く死のリスクに直面する。
緊急時の母乳は命を救う
緊急時に要請されていない、又は無計画な母乳代用品の提供は母乳を与えることを阻害する可能性があり、避けるべきである。そうではなく母親が母乳を与えられるようにサポートすべきである。

WHOにはあのエチオピアの大飢饉の経験がある人はいないのかと思うほど信じられない方針でした。
ひどい栄養失調の母親のあのしなびたおっぱいに吸い付きながら亡くなっていったたくさんの赤ちゃんたち、自然災害の現場がどれほどカオスなのか、そんなことさえ想像できなくなるのでしょうか。


そして2011年3月の東日本大震災の直後には、「災害時こそ母乳を」「母乳をあげている母親にミルクは不要」といった情報が流れて、本当に疑いをもたない人たちがいることに驚きました。


そして「母乳推進」はさらにミルクや哺乳瓶を母親が自由に入手できない(exclusive)規制へと変化しています。


たとえばニューヨーク市「処方箋なしにはミルクを購入できない」政策や、ベネズエラ「哺乳瓶の広告禁止」法案への動きなどです。


1970年代の「途上国の乳児死亡率を下げる」ための議論が、思えば遠くに来てしまったという感じですね。


もう少し続きます。





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