母乳のあれこれ 33  <「母乳のメリット」探し>

子牛のように母親の初乳を飲まなければ生きられないのとは違い、人間の場合には母親の母乳が胎外で生きるための絶対条件ではないことが、20世紀に粉ミルクの出現によって証明されたといえるのかもしれません。


さて前回の記事で、1970年代に途上国の乳児死亡率の高さに対して「人工栄養→母乳の喪失→乳児の死亡」という、明らかに筋違いの仮説がたてられてしまったことを書きました。


さらに<WHOの決議とその背景>に書いたように、1979年にWHO/UNICEFは「唯一の自然な育児方法は母乳によるものであり、全ての国はこの方法を積極的に奨励しなければならない」ということを「乳幼児の健康の改善」のために提言しました。


途上国での乳児死亡率をどうするかという議論からどんどんとボタンの掛け違いになり、信念が先立つ運動になってしまったのではないかと思います。


途上国に行ったことがなくても、写真でそういう国の様子をみるだけでも<栄養失調児の母親もまた栄養不足>であることは想像できるのではないでしょうか。


実際に栄養状態の悪い途上国の状況を見た私には、とてもその母親に向けて「唯一の自然な育児方法は母乳によるもの」とは言えません。


「途上国の乳児死亡率を下げる」目的を忘れたかのように、WHO/UNICEFと母乳推進団体は哺乳瓶やミルクを使わないキャンペーンをすすめました。



<母乳のメリット探し>


そのキャンペーンに使われたのが、こちらの記事で書いたような、「乳児の急性中耳炎、消化管感染症、下気道感染症を減らす」という母乳のメリットです。


たしかに母乳の成分やその感染防御のシステムの研究は、驚くような母乳の事実を明らかにしました。
でも、現実には<母乳の免疫と栄養不足はトレードオフ>の関係にあるわけで、いくら母乳が感染予防に効果があるといっても母乳だけで栄養不足であれば、ミルクがなければ死んでしまいます。


WHO/UNICEFのキャンペーンの結果はどうだったのでしょうか?
上記の「栄養失調児の親もまた栄養不足」で書いたように、1995年から2000年の間に「完全母乳の割合は10%増えた」としていますが、「完全母乳育児が40%以上の国はインド、パキスタン、中国、スーダン、ペルー、ボリビアなど、のきなみ乳児死亡率が高い国」なのです。
そして5歳までの乳児死亡の中で、新生児死亡の割合が高くなったとされています。



本当に粉ミルクが途上国の乳児死亡率をあげたのか医学的議論のないまま始まった粉ミルク批判は、途上国の解決策にはならなかったということだと言えるのではないでしょうか。



もしWHO/UNICEFが、母乳推進キャンペーンは途上国の乳児死亡率には貢献しなかったとその失敗を2000年代初めに認めていたら、「完全母乳」や「哺乳瓶を使わせない」といったこだわりに世界中のお母さん達が右往左往させられなくて済んだのではないかと思えるのです。


ところが「母乳推進」は当初の途上国の乳児死亡率を下げるという目標から、いつの間にか途上国以外のお母さん達をターゲットにした動きに変わってしまったのでした。
後付けの「母乳のメリットの理由」を生み出しながら。


次回はそのあたりを書いてみようと思います。




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