最近、なにかと「力」をつけるとわかったような気持ちにさせられているような気がしています。
たとえばこちらの記事の「免疫力」もそうですし、「産む力、生まれる力」とか、あるいは書店でも「力」を題名に入れた本をよく見かけます。
この流行を作り出したのは、先頃亡くなられた赤瀬川原平氏の「老人力」だったのでしょうか。
でもこの「老人力」は「老化による衰えというマイナス思考を『老人力がついてきた』というプラス思考へ転換する逆転の発想」とWikipediaに説明されているように、むしろちっぽけな自分を笑い飛ばすというニュアンスとして私自身は受け止めていました。
最近はなんだか「自分にはこんな力があるのだ」という自己肯定感の方で使われていることが多いようですね。
あるいは医学的に検証された効果以外のものを表現していることも多い印象です。
<「おっぱいのチカラ」って何だ>
産経デジタル「iZa」が9月に連載していた「おっぱいのチカラ」は、そのタイトルからして何を意味しているのかよくわからないものでしたが、1回目の記事から「子どもの『生きる力に』」という漠然とした表現で始まっていました。
子どもの「生きる力」とは何なのか記事を読んでみたのですが、唯一それらしい箇所は産科医の「人が生きていくのに一番必要なのは、人との関わり。それが誕生直後から母乳を通して始まるのです」という部分ぐらいでした。
私個人は、このような信念の強い産科医の元では働けないと思いますね。
「おっぱいのチカラ(5)」は「5歳も飲む 長い母乳期間、高い認知力『断乳から卒乳』へ」というタイトルです。
「認知力」って何だと思いつつ、母乳で賢くなるという研究について解説されているのかと読んでみましたが、該当する部分は以下の箇所だけです。
主流になりつつあるのは、1歳以降も無理に母乳をやめる必要はないとする考え方。長く母乳を飲んでいた子ほど認知能力が高く、成長してから生活習慣病のリスクが低下するという研究もあり、WHO(世界保健機関)は2歳以降まで母乳を継続することを推奨している。年齢にかかわらず、子どもが自然におっぱいから離れるのを待つ「卒乳」が広がり始めた。
この文章を読むと、母乳の効果が認められた→WHOが2歳までの授乳を推奨したという流れに読めますが、実際には、「イノチェンテイ宣言2005年」で2歳まで母乳をつづけることが「最適な栄養方法」と決められたことがが先にあり、そのあと母乳のメリット探しのような研究が多く出され、そして母乳授乳が国家目標にされていったというところではないかと思えるのですが。
その「最適な栄養方法」もラ・レーチェ・リーグなどの母乳育児推進団体の強い影響があったことは、想像に難くないことです。
<厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」>
この記事の中に、厚生労働省から平成19年に出された「授乳・離乳の支援ガイド」について書かれています。
この支援ガイドの「授乳編第5章」には「母乳育児はいつまで」として以下のように書かれています。
卒乳とは、赤ちゃん主体で行い、自然に母乳を欲しがらなくなるまで授乳をつづけることである。赤ちゃんの成長や発達、家庭環境によって、赤ちゃんが母乳を必要としなくなる時期は個人差が出てくる。そのため、「何ヶ月になったら、母乳をやめる」といった時期を決めることは難しい。
早く母乳から離れる赤ちゃんもいれば、ゆっくりで長い赤ちゃんもいる。
至極当然の話です。
また財団法人母子衛生研究会から出されている「授乳・離乳の支援ガイド 実践の手引き」では、日本の「2歳児の哺乳状況」というグラフが掲載されていて、「飲まない」が78%、「眠い時に飲む」が11%、「よく飲む」が6%のようです。
「2歳まで母乳を」というWHOの根拠は何でしょうか?
また、この記事の「5歳も飲む 長い母乳期間、高い認知力」のタイトルが示しているのはどこから来たものなのでしょう。
羊頭狗肉な記事だと思います。
<「チカラ」よりは「母親の気持ち」>
結局、この記事が言いたかったのは「母親の気持ち」なのではないかと思います。
以下の部分に、そんな気持ちが込められているように思います。
・・・授乳する時間は心の栄養を交換する時間でもある。誰も飲まなかったらさみしいですね。
そう感じる方が長く授乳をできるように、「まだおっぱいをあげているの?」と言わないで欲しい、そっとしておいてほしいといったところではないでしょうか。
母乳であれ、ミルクであれ、母親が選択した授乳方法を尊重する。
授乳方法は極めてプライベートなことである。
そういう社会にしましょうという方向性ではだめなのでしょうか?
実際に、上記のガイドラインでは「母乳育児の継続、終了への支援ポイント」として「母乳をやめることに対しての母親の気持ちを聞く」「母親自身がやめたいのか、他人の意見かを見定める」「子どもへの授乳のこだわりなどを見極める」など、お母さたちの気持ちに重点を置いています。
無理におっぱいのチカラや子どもの生きる力にしなくてもすむ話だと思います。
マスメディアはもう少しリアリズムに徹した「ペンの力」を発揮してくれると良いのですけれどね。
「思い込みと妄想」まとめはこちら。