母乳のあれこれ 21 <「後乳」は乳質の仮説のひとつ>

前回に引き続き、「母乳育児支援スタンダード」(日本ラクテーション・コンサルタント協会、医学書院、2008年)の「文献にみる『乳質』考察」から、「後乳」について考えてみようと思います。


この中で、1988年にWoolridge氏(参考文献からおそらくアメリカ)が考えた仮説が紹介されています。

Woolridgeは、母乳の中の脂肪のもつ重要性に着目し、脂質の量を「質」の目安と考えた。

結論として脂肪は、夜か昼か、授乳の長さ、授乳の間隔によって左右されることがわかった。頻繁な授乳をすると「濃い母乳」が出ることがわかった。意図的に授乳間隔を空けたり、左右の乳房を短時間の授乳で替えたりすることで、前乳だけを飲んで乳糖の摂取が過多になると赤ちゃんの消化器を刺激し、母乳がゆっくり消化されずに胃腸を通過するために、水っぽい緑便がですという(著者注:母乳育ちの赤ちゃんの便が空気に触れて酸化して緑色になるのは性状であり、ここでいう水分の多い緑便とは別のものである)。

 母乳中の脂肪量は個人差があり食べ物によっても左右されるが、自律授乳をした場合は「前乳」と「後乳」のバランスも取れ、赤ちゃんの必要量が摂取できるようになっている。赤ちゃん自身がコントロールするのである。
また、精神面を考えても、欲しがるときにもらえることで「基本的信頼感」が培われていく。

「なーるほど」と納得しそうな文章ですが、注意しなければいけないのは、これらは1988年にかかれたあくまでも「仮説」にすぎないということです。


<何が足りないのか・・・>


まず第一に、こちらこちらで書いたように、母乳の濃度の変化をどのように実証するのかという問題です。


間隔が空くと「前乳」は濃縮されたものが分泌されるという点は、比較的検証しやすいかもしれません。
ところが、それぞれの乳腺の組成がどうかというのは、射乳反射が起きて乳頭の開口部から一斉に分泌されている状態ではまず検証不可能なことではないかと思います。


前回の記事にも書いたように、濃度の変化はむしろ表面の乳腺で常時刺激されやすい乳腺と奥の方の刺激が少ない乳腺かが影響するのではないかと思います。
ですから、深く吸わせれば「後乳」と考えられている母乳も同時に分泌される可能性があることでしょう。


もうひとつは、母乳の濃度が変化するというよりも、むしろ乳児の「哺乳行動」つまり「消化・吸収・排泄」のパターンに影響されているのではないかとも考えられるのではないかということです。


たとえば新生児の生後2〜3日目以降に書いたように、乳児の哺乳行動というのは1日の中でもかなり変化があります。
新生児だと1ヶ月頃までは、夜間、活発な時間が続きます。
夜中までは母乳でもミルクでも一気にたくさん飲ませれば眠るわけではなく、むしろ、少ししか飲まずに浅い眠りが続きます。
そして夜中にうんちが出終わったりしたタイミングで、お母さんの張ったおっぱいが急に楽になるような飲み方やミルクをたくさん飲んで、深い眠りに入ることが多いようです。


浅い吸い方が多い時間が続けば射乳反射も少ないので、乳腺内の母乳の濃度も高くなる可能性があります。
また朝方まで深い眠りが続いたり日中のように眠りの深い時間が数時間続くときには、間隔が空いて母乳の成分もまた変化する可能性があります。


こうした新生児あるいは乳児の一日の中での吸い方の変化、あるいは月齢による行動の変化がまだまだ明らかにされていないので、母乳分泌のメカニズムだけが「自律」して存在するとはいえないのではないかと思います。



<科学的に考えるということはどういうことか>


母乳は何らかの条件で、その濃度が変化するということは事実だと言えます。


ただし、その「何らかの条件」が何かというところは、まだまだわからないことだらけだと思います。


また赤ちゃんの気持ちを検証する方法はないので、「自律授乳をすれば『前乳』と『後乳』をバランスもとれ」「赤ちゃん自身が母乳の量と質をコントロールする」という仮説そのものがあまり科学的ではないと私には思えるのです。


まだ現時点では、何が「後乳」なのか定義すらできないと考えてよいのではないかと思います。


まだまだわからない時点で、その「後乳」になんらかの効果を持たせてしまうとそれはそれで、お母さんたちに別のストレスを与えてしまうことになります。


母乳をあげていてもなかなかねむらなかったりぐずれば、「後乳をうまくのめていないから」とまた別のテクニックを必要とさせてしまうかもしれません。


また、ミルクを飲ませているお母さん達は、「ミルクは母乳と違って最初から最後まで味も成分も変化しない」と、赤ちゃんへ大事な刺激を与えていないかのような引け目を感じてしまうかもしれません。
「後乳」の濃度の差を赤ちゃんが体験することが本当に何らかの意味があるかどうかもわかっていないにもかかわらず、です。


「母乳育児支援スタンダード」の「『悪い乳質』を問題とする歴史的考察」の中に、以下のように書かれています。

こうした「『悪い母乳』に対する恐れは女性たちを苦しめ、ときには母乳の分泌にも影響を与えた」。

それは「よい母乳」があると思わされば、同じように女性を苦しめることにもなることでしょう。
今までも「よいおっぱい」のために、右往左往させられてきました。


本当に存在するかどうかわかっていないのに「よい母乳(後乳のすばらしさ)」を強調することで、母乳育児支援の中でミルクを使うことへの否定的な感情や罪悪感にならないように願うばかりです。




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