行間を読む 33 <むし歯の歴史のようなもの>

20歳前後までけっこうむし歯になることが多く、1年に一回は歯科に通っていた記憶があります。
早期に受診するので、表面だけ削って金属を充填する治療でした。
友人の中にはほとんどむし歯のない人もいたのに、毎食後きちんと歯を磨いていてもむし歯になるので、私はむし歯になりやすい体質があるのかと思っていました。


20代半ばに難民キャンプで知り合ったアメリカの大学生とルームシェアーをした時に、彼女たちがデンタルフロスを使っているのを知りました。
こうした海外の珍しい衛生用品を扱うお店は日本には当時ほとんどなかったので、初めてデンタルフロスを知ったのでした。


ていねいに歯磨きをしていたつもりなのに、そのあとデンタルフロスをつかってみてびっくりしました。ネバネバとまだ汚れが歯についているのです。
デンタルフロスを使い始めてからは歯ブラシだけではすっきりしなくなり、それからはデンタルフロスを愛用しています。
ちょうど帰国した1980年代半ばには東急ハンズが都内にもでき始めたので、デンタルフロスも入手しやすくなったのも幸いでした。


歯磨き後に1日1回デンタルフロスで歯間の汚れをとるだけで、その後は20年ほど、歯科受診とは縁がなくなりました。(個人的体験談)
1980年代は高価に感じたデンタルフロスですが、医療費と歯の損失との天秤にかければ安いものでした。


50代近くになると、残念ながら昔治療した歯の内側でむし歯が静かに進行していて、しかも抜髄(神経を抜く)していたために痛みがなく、何本か一気に治療をしなければなりませんでした。
20代までと違って、奥まで進行した齲歯の治療はことのほか時間とお金がかかりました。
それでもあと20年か30年生きるとしたら、残された歯のためにも大事にしなければと思っています。


デンタルフロスで歯間もきれいにしていればむし歯にはならないと思っていたのも、少し知識のアップデート不足でした。
現在のかかりつけの歯科医院で、ていねいに歯茎からブラッシングすることの重要性を教わり実践しています。少し高い歯ブラシに変えました。
母親学級では、歯磨きというよりこの歯ぐきのブラッシングの大事さを歯科衛生士さんが話しているのを知っているのですけれどね。
自分のことになるには、痛い思いをしないと理解できないのかもしれません。


何の機会かわかりませんがサメの歯は生え変わるという話を聞いた事があって、うらやましいと思っていました。
Wikipediaサメの歯を読むと本当のようです。

サメの歯は何列にも並び、いま使われている歯列のすぐ後ろには新しい歯列が用意されている。獲物を襲うなどして歯が1本でも欠けると、新しい歯列が古い歯列は押し出して、歯列ごと新しいものと交換される。
歯列は何回でも生え変わり、1尾のサメが障害に使う歯の数は最大で数千にのぼると考えられている。

それにしても、サメの歯についてこれだけの事実を確認するにはどれだけの観察がされてきたのかと気が遠くなりますね。


前置きがながくなりましたが、前回の「母乳とむし歯」の記事を書くために読みなおした「小児内科 特集 母乳育児のすべて」(2010年10月号、東京医学社)の中に、むし歯の歴史が書かれていたのでご紹介しようと思います。


<「齲蝕と母乳」より>


「はじめにー齲蝕とは」に、むし歯の原因が発見されたきっかけが書かれています。

齲蝕が無菌生物には発生しないことから、細菌感染症であることがFitzgeraldとKeyesによって証明されたのは1960年であり、以来、齲蝕の発症プロセスなどについても解明が進んできた。
齲蝕は、細菌の発生する有機酸によって歯の表層のエナメル質が脱灰され、進行すると歯質の崩壊が起こる疾患であり、ミュータンスレンサ球菌の伝播・定着により生じる細菌感染症であるが、糖の摂取などの生活習慣や細菌を減少させるための口腔清掃などの生活習慣がその発症に深く関わるところから、生活習慣的な一面もある疾患である。


私の幼児から小学生ぐらいの時期には、むし歯といえばあの黒い悪魔のようなイラストに代表される「菌」が悪さをしていると知っていましたが、1960年にわかった直後のことだったのですね。
そして、それがミュータンスレンサ球菌であると明らかになったのは1980年代だそうです。


ところでその1960年代初めの私の母子手帳には、歯の衛生について書かれた部分があります。
「妊産婦の心得」の「歯の衛生」には以下のように書かれています。

妊娠中はむし歯や歯ぐきの病気になりやすいので、いつでも歯をよく磨いて、きれいにしておいてください。歯科医の検査を受けて、病気があるときは早く治療すると同時に、歯石を除いてもらいましょう。

「育児の心得」の「歯の衛生」では以下のように書かれています。

歯が生えそろったら、歯を磨く習慣をつけましょう。歯に売薬を塗ってむし歯を予防することができますので、2才と3才の時には歯科医にこの薬を塗ってもらいましょう。
乳歯のむし歯は痛くなってからでは手遅れです。早く見つけて小さなうちに治してもらいましょう。


今、こうして1960年代初頭の母子手帳を読み返すと、私の母世代(昭和初期生まれ)は「むし歯の原因が解明された」時代であり、そして国民皆保険によって歯科医に受診できるようになった時代だったのだと思います。


そして日本国民が、歯磨きを一生懸命に始めた時代でもあったのでしょう。


むし歯の歴史もまだそれくらいの浅いもの、私の人生の長さと同じくらいであることにちょっと驚いたのでした。






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