母乳育児という言葉を問い直す 12 <2才までの母乳育児推進ととむし歯の関係>

「母乳育児」という表現がここ十数年ぐらいで広がったのとともに、より正確な医学的知識が確立された部分もあります。


そのひとつが、「母乳と薬」に関してです。
以前は、授乳中のお母さんが他科を受診して内服薬などが処方されると、その間は「おっぱいをあげないように」と言われていることがよくありました。
最近では、「小児内科 特集 母乳育児のすべて」(2010年10月号、東京医学社)の以下の説明のようになりました。

1.授乳中の服薬、服薬中の授乳の可否は、薬剤のもたらし得るインパクト(影響)と母乳を中止するデメリットとのバランスにより判断する。
2.母児や家庭の背景や薬の種類や用法・用量などの情報を把握し、既存のデーターを踏まえて、症例ごとに安全性を評価する。
3.授乳中に母親が服用して児に影響が及ぶ可能性のある薬は限定的である。多くの場合、安全に授乳および服薬が継続できると考えてよい。

もうひとつは、授乳中の母児の感染症に対する対応です。
たとえば、お母さんがインフルエンザにかかった場合には授乳をどうするかなどです。


母児の感染症に関しては1990年代ごろからだいぶ考え方が整理された本がありましたが、授乳中については母と児をそれぞれ隔離して搾乳を与えるべきか、それとも直接授乳を続けてよいのかなど判断に迷う事が多々ありました。
2008年に出版された「母乳育児感染 ー赤ちゃんとお母さんのためにー」(水野克己氏著、南山堂)は、母と新生児・乳児だけでなく、上の子や家族の感染の際の対応がわかりやすく書かれています。


ただこうした薬や感染症の影響よりは母乳を続けることのメリットが広がるのに比べて、「2才までは母乳を」というスローガンの割には、母乳授乳がう歯になりやすいというデメリットに関してはトーンダウンしているような印象があります。


<「母乳と齲蝕の関係」より>


昨日の記事で紹介した「齲蝕と母乳」の中の「母乳と齲蝕の関係」を読むと、母乳そのものがむし歯の原因ではなく、「寝ながら授乳」のような生活スタイルに起因するのではないかということが書かれています。

1.母乳と齲蝕の関係は、乳歯が生えて齲蝕原性細菌が歯の表面に定着しやすくなる1才過ぎから始まる。
2.母乳とミュータンスレンサ球菌だけでは齲蝕ができないことが実践的に確かめられているが、砂糖を摂り始めると齲蝕のリスクが高くなる。
3.母乳継続児の齲蝕罹患は、就寝時授乳など授乳時間の関連が高い。


「寝ながら授乳」で齲蝕が発生しやすい理由と、欧米との違いが以下のように説明されています。

寝ながら授乳する場合には、眠ってしまうと唾液の分泌が減少し、母乳が上唇や口蓋前方部と舌の間に貯まったままになり、上顎前歯のプラーク付着部位、とくに口蓋側面に齲蝕が発生しやすくなるものと考えられる。

ちなみに、欧米では1〜2歳を過ぎて母乳を継続していても齲蝕の発生が高まるという報告は少ない。これは欧米と日本(あるいはアジア地域)の生活スタイルの違いに基づくものと考えられ、欧米では子どもを親と別の部屋に寝かすことが多いためではないかと思われる。

<歯科医の葛藤のようなもの>


日本小児歯科学会の「母乳とむし歯ー現在の考え方」で紹介したように、「理論上は授乳後に毎回歯を磨く状況であれば夜間に母乳を与えても安心であるが、子育ての実際にあたっては難しい」という歯科医の葛藤が表れた文章だと思います。


この「母乳とむし歯ー現在の考え方」は平成16年に出された際にさまざまな意見が寄せられて平成20年に修正したとあります。
この背景には、もしかしたらWHOの方針の変遷が影響しているのかもしれません。いえ、推測にすぎないのですが。


さて、この「齲蝕と母乳」を書かれた井上美津子氏(昭和大学歯学部小児生育歯科学)の最後の文章を紹介します。

母乳を続けたいという意志が明確な親には、異常の点を踏まえた早期からの適切な情報提供と歯科的サポートが可能であり、母乳の継続が齲蝕リスクを招くのを避けることができる。そして、子どもの成長に合わせた卒乳を親子と一緒に考えていくことができる。しかし、「泣くとすぐおっぱい」、「子どもが欲しがるから止められない」、「でもむし歯が心配」、「むし歯ができてしまった」などという場合には、親子の状況(特に親の気持ちと子どもの発達状況)をみたうえで、相談にのりながら親子にとってよりよい選択ができるように援助することが専門職の役割であろう。生活リズムや口腔ケアの確立を図ることは、母乳継続のためばかりでなく、口腔と全身の健康のためにも大切であるという視点を親と共有しながら対応を考えていきたいものである。


私の親も1960年代の最先端のむし歯予防の知識によって、毎食後の歯磨きというよい生活習慣を身につけさせてくれました。


ただもし人生をやり直せるのであれば、現代のデンタルケアを受けたかったなと思います。
歯は本当に一生のもので大事ですからね。




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