記憶についてのあれこれ 56 <赤ちゃんが突然亡くなること>

ついさっきまで元気に泣いたり笑ったりしていた人が、突然亡くなる。
それは残された人に深い悲しみだけでなく、何かをし足りなかったから一人の命を死においやってしまったという罪悪感を残します。


何年たっても、何十年たってもその罪悪感は薄まるどころか鮮明な記憶になっていきます。
日頃は心の奥底に封印しているのですが。


助産師として新卒の夜勤のことでした。
もう一人の先輩助産師が分娩と新生児を担当し、混合病棟だったので私が婦人科と内科の方を担当していました。


その夜、すごく激しく泣く赤ちゃんがいました。
当時はまだ新生児の啼き声を聞き分けることもできず、「元気に泣いている赤ちゃん」そして静かになると「眠った」と思っていました。
分娩があったので、お産が終わるまでは私がその赤ちゃんをあやしたりしていました。


お産が終わって先輩助産師が戻って来たので、それ以降は私は婦人科と内科の患者さんの対応に専念していました。
時々聞こえる激しい啼泣が少し気になりながら。


しばらくして先輩助産師の悲鳴のような声が聞こえました。
「赤ちゃんが息をしていない!当直医をすぐに呼んで!」と。
何が起きたのかわからず当直医を呼び、ベビー室に行くとそこにはチアノーゼで真っ黒になった赤ちゃんに心臓マッサージをしている先輩の姿がありました。


内科の当直医もすぐに駆けつけてくれましたが、なす術もなく赤ちゃんは亡くなってしまいました。
吐いた痕跡は、外見からはありませんでした。


「静かになったから眠ったと思った。10分ぐらいして見にいったら真っ黒になっていた」とのことでした。


やはりあれは「元気に泣いている」というよりも、激しく泣きながら「何かを伝え、何かを呼んでいたのではないか」と。
先輩が戻って来たから、赤ちゃんが泣いていても先輩の担当に勝手に手を出してはいけないと、私は見て見ぬ振りをしてしまった。
結果、赤ちゃんとそのご家族に本当に辛い思いをさせてしまった。


あの経験から、私は「赤ちゃんは泣くのが仕事」「泣くのは元気な証拠」あるいは「泣きながら肺を鍛えている」といった言葉で思い込まないようにしようと決めました。


「泣いている時には何か呼んでいる」「特に激しく泣く時には抱っこして落ち着かせる」、
そして「激しく泣いた後に静かになったら、『眠っている』と思い込まずにすぐに寝顔を確認すること」を忘れないようにしています。


そして、あの赤ちゃんはもしかしたら移行便から母乳便へ変わるあたりの時期だったのではないかと、たくさんの新生児の啼き声を聞き続てきて思うようになりました。


あの時、あと2〜3時間ぐらい抱っこして落ち着かせてあげていたら母乳便に変化して、あの赤ちゃんはもう激しい啼き方をしなくて済んだのではないか。


あの日以来、どんなに忙しい時にも、そして自分の担当ではなくても、激しく啼いている新生児がいると駆けつけて抱っこしています。
そして、「激しく啼く時とその後静かになった時には呼吸を止めてしまう可能性があるから注意してね」と後輩スタッフに伝えています。


それが私にとって、あの赤ちゃんの死を無駄にしない最低限の礼儀なのかもしれません。






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