思い込みと妄想 13 <げっぷと窒息への不安>

「思い込みと妄想」で書いてきた記事は、どちらかというと代替療法自己啓発的な話について書いてきました。
健康や人生に対する不安が強いと、すでにわかっている対処方法は耳に入らないどころか、わかりやすい自分が求めている話のほうが受け入れやすく、それがニセ科学的なものを受け入れたり広めたりするきっかけになりやすいのではないかと。


今回はもう少しその不安が現実味をおびているために、なかなかそれが「思い込みである可能性」に目を向けられることもなく、社会通念として根強くあることについてです。


こちらの記事で紹介したNHKのニュースの中で気になった部分が以下の箇所です。

乳児は、ミルクなどと一緒に飲み込んだ空気を吐き出す時に戻すことがあり、げっぷをさせたりすぐに寝かしつけないなどの注意が必要ですが、今回のケースについて保護者から聞き取りをしたところ、「子どもが吐き出させないようにゲップをさせた」と答えたのは2件にとどまったということです。


68例の窒息死のうちの「ミルクなどを飲んで寝た後に戻して気管を詰まらせたのが27人と最も多く」、そのうちの2件ということのようです。


<げっぷとは何か>


私が看護学生だった1970年代終わり頃は母子別室・規則授乳の時代でしたから、入院中は3時間ごとに母乳の後にミルクを飲ませゲップをさせることを何の疑問もなく学び、実践していました。


1990年代に入って母乳中心の自律授乳へと変化していく中で、「母乳のあとはゲップは気にしなくてよい」ということが自然と広がりました。
これはおそらく「ミルクは一度にたくさん飲むので吐き戻す量が多いが、母乳はそれに比べると授乳量が少ない」というニュアンスだったのではないかと思います。


でもたとえば退院間近の経産婦さんになると母乳もたくさんでて哺乳瓶で飲ませているかのようにあっという間に授乳が終わりますから、「なぜ『母乳』の場合だけはゲップは不要なのか」ということがずっとひっかかっていました。


新生児のげっぷって何だろうとずっと気になり続けて見えて来たことを書いたのが、「溢乳とげっぷと胃結腸反射」です。


「げっぷはさせるものではなく、新生児・乳児の腸蠕動のタイミングとともに自発的にでるものではないか」というあたりだと私は考えています。


たしかにNHKのニュースで紹介されていた「子どもを縦に抱いたうえで背中をさするようにするとげっぷが出やすい」という一般的に分娩施設で教えている方法で、「げっぷが出た」と理解している方は多いことでしょう。
あるいは乳児の扱いに慣れたスタッフが、赤ちゃんを少し前傾姿勢にさせてあごのあたりに手をかけて「げふっ」と出させるのをみると、「げっぷは出させるもの」とお母さん達は思う事でしょう。


あれは、前屈みになると腸が圧迫される刺激で腸蠕動が起こって「ゲフっ」となるのではないかと私は思っています。また、普通に抱いて赤ちゃんの肛門のあたりをすこし圧迫するだけでも「ゲフっ」と出るのですが、これも肛門刺激による腸蠕動によってゲフッとなったのだではないかと思います。


赤ちゃんがぷいっと乳首をはずしたあと普通に抱っこしているだけでも、2〜3分もしないうちに自然とげっぷが出るときがほとんどです。
また一回だけでなく、だっこしているうちに数分ぐらいの間に何度か大きなげっぷがでることがあります。だいたいそのあとにうんちをします。


つまり「それをしてもしなくても変わらない」わけで、あれは単に、大人がその2〜3分を何かしていないと落ち着かないのではないかと私には思えるのです。


あるいは「溢乳とげっぷと胃結腸反射」に書いたように、「飲んだ後にげっぷ」もひとつの思い込みではないかと思います。
新生児が覚醒すると、しばらく激しく泣いたりぐずったあとにげっぷが出ます。
「起きた直後にもげっぷ」は出ています。


また「げっぷをさせて寝付かせた」としても30分ぐらいすると覚醒して、げっぷや溢乳があります。


見ていると激しく啼いて知らせる赤ちゃんもいれば、目を開けてもぞもぞしながらしばらく前に飲んだものが口の中まで溢れて来て、げぼっと出す事もあればそのままゴクンと飲み込んでいることもあります。


つまり乳児、特に胃の形が大人に近くなる3〜4ヶ月頃までの乳児というのはこの溢乳が常時あるわけなので、授乳後にげっぷを一回聞いたところであまり意味がないのではないかと思います。


溢乳は窒息の原因になるのだろうか>


新生児や乳児の世話をしている時に、「窒息するのではないか?」と不安になった経験をほとんどの方が持っていると思います。
どんな時でしょうか?


夜中などにおっぱいのあとにミルクを一気に飲んだ後に、いきなり鼻からミルクを吹き出すように吐き戻す時は、それこそ親御さんの方が目を白黒させて慌てるのではないかと思います。たまに「鼻からミルクを出したけれど大丈夫ですか?」と悲壮な声で相談の電話があります。
その頃には赤ちゃんはもうケロッとしているのですけれど。


あれは「飲ませ過ぎ」ではなく、一気にミルクを飲んだ事で大きな胃結腸反射が起きて一気に胃の中のものが溢れてしまったという感じだと思います。


あるいは、眠っていた赤ちゃんが覚醒してしばらくするとアップアップと苦しそうな様子のあとに大きな溢乳が起きて、「ぎゃー」っと泣きながら口の中まで溢れたミルクを飲み込むことと呼吸をすることでもがき苦しむことがあります。


鼻から吹き出す場合もこの場合も、大人ならそのまま窒息しそうですが、新生児の場合には縦に抱っこして落ち着かせているうちに窒息もせずにおさまります。
初めてだと大人の方が息が止まりそうなほどの緊迫感です。


ニュースで伝えられていた「ミルクなど」の窒息死の27人の赤ちゃんの月齢や状況の詳細はわからないのですが、対応策は「げっぷをさせる」ことではなく「赤ちゃんから目を離さない」ことではないかと私は思っています。


もう少し、新生児の時期から赤ちゃんのこうした腸蠕動と眠り、あるいはぐずりや啼き方について、思い込みを脇において観察しなおしたら、もう少し違った新生児や乳児の世界がみえるのではないかと思えるのですが。


どの産科施設に行っても、「授乳のあとにゲップをさせる」ことが大事な説明だと思い込んでいるスタッフがほとんどなので道のりは遠いでしょうか。




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