エスカレーターとリスクマネージメント

先日の永田町の長ーいエスカレーターから社会の高低差について回想した記事の続きです。


エスカレータでの歩行禁止を呼びかけるキャンペーンを耳にするようになったのはここ10年ぐらいでしょうか。正確な記憶がないのですが。


私自身としては、それが「正しい」と思うほどの判断ができなくて保留にしています。
今回の記事も、私自身の頭の中を整理するために書いてみます。


<「エスカレーターは歩行する構造ではない」?>


「歩行することにより故障が多発する」あるいは「片側歩行のために、どちらか一方により重量がかかることによる故障が多発」するのであれば、歩行禁止は必要な対応かもしれません。


ところが、Wikipediaエスカレーターの<利用シーン>を読むと、「イギリスやアメリカ、台湾、香港などの混雑の激しい駅等では、急ぐ人のために左側をあけることがマナーとなっている」とありますし、日本でもエスカレーターが一般に広がって30年ぐらいの間は「歩行によりエスカレーターの故障につながる」という注意喚起はあまり記憶にありません。


であれば、この技術的な問題は歩行禁止の理由になるのでしょうか?


<片側を開けるルールは、障碍者や弱者に配慮していない>


たしかに、都内のエスカレーターに左半身麻痺の方が乗る場合には、気を遣われるのではないかと思います。右側の手すりにつかまると、後から歩いて来た人の流れを止めてしまいますから。
もしかすると、嫌味をいわれたり迷惑そうな周囲の雰囲気で嫌な思いをされた方もいらっしゃるのかもしれません。


これはあくまでも「個人的体験談」ですが、毎日のように、駅や商業施設のエスカレーターを何本も利用して30年ほど過ぎましたが、誰かが立ち止まれば自然に流れは止まって皆静かに待っていることがほとんどで、私自身は、それで何か乗客同士のトラブルになった場面には遭遇したことがありません。


特に最近は、「地域によっては左空けもある」とか「右側しか手すりを掴めない人がいる」といったことが浸透したのではないかと思います。


もし、そういうトラブルに遭遇する確率はどうかといったら、それは一生に一度か二度あるぐらいの確率かもしれないと、いい加減な数字ですが感じています。
案外、こういうイメージしたトラブルや不安は、実際に起きていることよりも多く見積もられやすいのではないかと感じています。


<実際に「歩行」による事故はどれくらいあるのか?>


「歩行による事故」というと、歩行していた人あるいは歩行した人に接触した人があのエスカレーターから転げ落ちる(転落)ことをイメージするわけですが、これも実際にはどれくらい起きているのでしょうか。


たとえば上でリンクしたWikipediaの「安全性」を見ると、転倒・転落はそれぞれ以下のように書かれています。

転倒
東京消防庁の調査ではエスカレーター事故の95%以上を占める。乗車口でうまく移動できずにつまずいたり、体勢を変えるようにバランスを崩すなどの原因が多い。多くは重大事故に至らないか、後列の利用者を巻き込んで転倒した場合は大きな怪我をさせることもあり、2014年11月28日に茅ヶ崎市で、他の者の転倒に巻き込まれて一人が死亡する事故が起きている。
(中略)混雑時の機械の急停止や逆回転が起った場合は、将棋倒しなどの群衆事故を引き起こすこともある。

転落
エスカレーターに乗っている際に手すりに寄りかかったり座ったりした場合、バランスを崩して転落することがある。

「歩行」が事故の直接原因となっているよりも、別の原因で重大事故が起きている印象です。


もう少し、エスカレーター事故の詳細はないか検索してみました。
日系BP社の「エスカレーターでの事故にご用心 都内だけで年間1000件以上 エスカレーターで事故を起こさないために」という記事がありました。2005年の記事ですが、「エスカレーターの事故は60歳を超えると増え始め」ること、「事故原因としては、エスカレーターに乗降りするときのタイミングが合わず、乗れなかったり、降りられないという状況からつまずく」ケースが多いとあります。


エスカレーター、マナー」ではなく、「エスカレーター、リスクマネージメント」で検索したら、損保ジャパン日本興亜RMレポートIssue91の「商業施設における賠償リスク」に「1.3エレベーター/エスカレーター事故」で大阪府の事故についての分析が少し書かれていました。

エスカレーターについては200件弱/年で事故が発生しており、近年増加傾向を示している。なお典型的なエスカレーターの事故形態としては、高齢者や障害を持った方などがつまづいたり、手すりを利用しないことによる事故が挙げられている。


これは果たして「片側ルール」が関連しているのか、それとも無関係であるかはここからはわかりませんが。


<あくまでも個人的な印象>


少し検索しただけでは、エスカレーターを歩行していた人自身や接触した相手が事故にあったケースがどれくらいあるかわかりませんでした。


リスクマネージメントというとらえ方から言えば、誰かが「エスカレーター上での歩行に危険を感じる」と声をあげれば、「重大な事故が起きていなくてもヒヤリとした」段階で対応することが求められられます。


エスカレーターを歩行する人が高齢者などに接触し、転倒や転落するのではないか」という想像上のリスクが、もしかしたらキャンペーンの背景にあるのではないかと思います。
100年に一度いえ、最近は1000年に一度の水害にも対応を迫られているように、実際にはそういう事故はほとんど起きていないのにもかかわらず、対策を立てる必要がでてきます。


それはそれで重大事故を未然に防ぐ意味があるのかもしれませんが、トラブルを防ぐために、またあらたな境界線がつくられていくことに似ているようにも思えます。
トラブルというのは転落や転倒といった事故ではなく、人間同士の感情のぶつかり合いという意味で。


私はどちらかというと「エスカレーター事故に遭わないために」に書かれていることのほうが、むしろ日々、エスカレーターを利用する中でヒヤリとしています。
後ろ向きに知人と話しながらとか、乗降りするところで急に立ち止まる人はけっこういて、そのまま将棋倒しになりそうなことは実際に体験します。


また、最近また1980年代のような大きなリュックを背負うのが流行なのか、エスカレーターで前に乗った人のリュックが当たってバランスを崩しそうになることはしょっちゅうあります。


それから、手軽にコンビになどで紙コップ入りのコーヒーが買えるようになったためか、混雑した雑踏あるいはエスカレーターや電車のように移動している状況で片手に持っている人が増えました。
いつバランスを崩して、私の服にかかるのではないかとヒヤヒヤさせられます。
あ、でもこれもきっと「リスクを実際の確率以上に過剰にイメージしたもの」かもしれませんが。



エスカレーターでの歩行に伴うリスクは、マナーを呼びかける前に、もう少しその全体像を知りたいところです。