先月、瀬戸内海で起きた修学旅行の小学生が乗った船の事故は、全員助かったという安堵と、子どもたちの恐怖感や関係者の方々の心労はいかばかりだろう、そして救助中にも励ましあって冷静だった小学生の話に、心があれこれと乱れたままになっていました。
日頃、事件や事故の報道からこうして消化しきれないたくさんのことを抱えたままになっているのですが、今回はこういう視点が次に生かされるという意味で、目が開かれるのだというニュースがありました。。
「『小学生、全員助かってよかった！』 いやいや、船にあげるってそんなに簡単じゃありません」（YAHOO! JAPANニュース、2020年12月1日）で、水難学会の斎藤秀俊氏の記事でした。
全文、残しておこうと思います。
先月19日に修学旅行中の小学生6年生や関係者が乗ったクルーズ船が沈没しました。全員、ライフジャケットをつけており、付近に居合わせた漁船に救助されました。「小学生、全員が助かってよかった」と喜びの声が聞かれる一方、水難学会内では「よく漁船にあげることができた」との声が上がっています。海中から人をボートに引き上げるのは並大抵のことではありません。ましてや自力で上がるとなると、ほぼ無理です。
空前の釣りブーム下での事故
先日、日本テレビ系（NNN）ニュースで紹介されましたが、今年は空前の釣りブームです。筆者も含めて、周囲の友人の話題はもっぱら「釣り」です。コロナの時代に見直されたレジャーという位置づけのように感じます。
そういった中で先月28日に発生した鹿島港での遊漁船と貨物船の衝突事故。釣りを楽しみに遊漁船に乗っていた乗客と乗組員の12人全員が船外に投げ出され、うち1人が死亡しました。
衝突後、付近は救助のために多数の船が集まった。近くにいた漁船の男性船長（34）は事故直後、「助けてください」という拡声器の声を聞いた。現場に近 づくと、海中にいる人が「助けて」と訴えていた。だが、「真っ暗でどこにいるかわからなかった」。乗客らと協力し、船からロープつきの浮き輪を投げて6人を引き揚げたという。
出典：朝日新聞デジタル 11/29（日）12:40
記事には「6人を引き揚げた」と簡単に触れていますが、こちらの生還過程も瀬戸内海クルーズ船中の事故で助かった小学生らと同様に並大抵のことではなかったことでしょう。
水難救助とは、上陸させること
「水難救助って何ですか？」という問いに対して、筆者は「上陸させることです」と答えます。訓練ではよく、水の中で溺れている人をつかまえたり、陸まで引っ張ったりすることを練習しますが、最も難しいのが上陸させることなのです。
でも上陸は、方法としてあまり確立されていないですし、訓練でも省かれることがあります。そのため、こういった重要なことを忘れたまま救助に入り、命を落とすことがあります。この釣りブームで落水事故が多発すると、間違いなく死者が増えることでしょう。マイボートや遊漁船に乗る人は、ここから先を頭に入れてから釣りに出かけるようにして、万が一の時に生還してほしいと思います。
水面にいて、誰でも這い上がることのできる高さはどれくらいだと思いますか？答えは10cmほどです。図１に示すようなゴムボートをご覧ください。水面からの高さは20cmほどあります。落水してもすぐに上がれそうですが、自力では上がれません。無理して上がろうとすると、ボートが転覆します。現場にひとりしかいなくて、水温が17℃を割るような環境だと、いくらライフジャケットを装着していても、ほどなく死が襲ってきます。
もし、もう1人がボートに乗っていて救助してくれるならば、半分ほど引き揚げてもらいながら何とかボートに上がることができます。1人でも乗っていれば、ボートが転覆しづらくなるためです。でも、バランスの取り方を間違えると2人とも落水し、ボートは転覆します。
そうなのです、誰か相棒がボートの上にいるだけでも、手を借りて上陸することができるのです。これが水難救助の基本なのです。
落水者の引き揚げ方
ボートクルー・シーマンシップ・マニュアル(!)という書籍が先日出版になりました。ボートを扱う際の基本が書かれています。
16章に「海中転落者の救助」について記載があります。基本中の基本は、救助者がボート上から揚収用ストラップをたらして、海中に転落した者にそれに体を通してもらって引き揚げます。揚収用ストラップというのは、長さのある幅の広い帯です。これを落水者の胸から脇の下を通して、船上からつるような格好で引き揚げるのに使います。
ただ、この方法、実際にやってみると大変です。体重が70kgある人が厚手の服を着ていれば海水を含みプラス10kg、つまり80kgを引き揚げなければなりません。2人がかりでも40kgずつ。力持ちの漁師なら、もしかしたら可能なのかもしれませんが、筆者には無理です。
そのため、ボートに上がるためには落水者の努力も必要になります。救助者にストラップで引き揚げてもらいながら、船体の足がかりを探って、足をかけます。さらに、デッキの手すりなどをつかみ、腕力で体をあげていきます。このように、救助者と落水者との協力があれば生還することができます。
図2をご覧ください。海面からデッキの手すりまで50cmぐらいの小さなボートの場合です。まず海中転落した人のライフジャケットの肩口などを救助者がつかみます。落水者の手が手すりをつかまえられるところまで揚げたら、落水者は手すりをつかみます。その体勢から、落水者と救助者の腕力を合わせて上がります。
図3は海面からデッキの手すりまで1mぐらいあるボートの場合で、救助者の素手で引き揚げる想定です。遊漁船などはこれくらいの高さがあるのが普通です。(a)船上から救助者が両手を差し出して腕力であげようとしています。(b)落水者の体がほとんど水中にあると浮力が効いて。ある程度までは引き揚げることができます。ところが(c)体が水面に出ることで急激に重くなり、これ以上は引き揚げられません。
図4は同じく海面からデッキまで1mぐらいあるボートの場合で、落水者と救助者との力を合わせて引き揚げる想定です。(a)船体にロープをたらし、それに捕まってもらいました。落水者がある程度までロープを頼りに上がります。(b)救助者が手で落水者の腕をつかみ引っ張ります。(c)落水者も船体に手をかけるか、足をかけるかして自力で上がります。
冬の海は特に注意
以上のように、潜水者と救助者がお互いの力を出し合えば、ボートに引き揚げることは可能です。ところが、冬の海ではこのようにうまくいきません。海水に濡れた手がかじかみ、力が入らなくなるからです。落水者はロープを握ることもできなくなります。船上の救助者はライフジャケットの肩口などを握ることができません。そして、冷えとともに徐々に全身の力が入らなくなっていきます。
さいごに
小学生のように体重が軽ければ、図3に示したように救助者の素手で引き揚げることも可能でしょう。ただ、数十人も引き揚げたとなると、救助した漁師らは相当頑張ったことになります。さらに現場では潮の流れが早く、操船しながらの引き揚げだったことも推測できます。厳しい条件の中で、よく確実に救助できたと思います。
場面はちがうのですが、プール内からひょいとプールサイドに上る人を時々見かけます。
いつも、すごいなあと見ています。
とくに競泳大会で、1位になった選手はスタート台のそばに水中からひょいっと上がります。見ていると、やはり全力で泳ぎ切ったあとは普段はできているその動作が、さすがのトップアスリートでもつらそうです。
私にとってはあの動作は跳び箱と同じように、日常生活には必要ではない別の身体能力のように感じていました。
それくらい、水の中から揚がることの難しさを意識する場面です。
あのニュースからしばらくもやもやしていたことは、この「上陸させることの難しさ」だったのだとすっきりしたのでした。
事故を美談や悲劇の物語にせず、分析した記事を読むことができました。
失敗とかリスクに関する記事のまとめはこちら。
