帝王切開について考える 9 <「周囲への無関心」にさせるほどの侵襲>

ムーアの「出術侵襲からの回復過程」を前回の記事で紹介しましたが、今回はその「第1相」という時期に私自身が観察してきた様子を少し書いてもみようと思います。


第1相とは「術中から2〜4日」ぐらいまでの時期で、「傷害期ともよばれ、内分泌・代謝系の変動が大きい時期である。また特徴的な臨床反応として、頻脈、腸蠕動音の停止あるいは微弱、発熱、体動が少なく、周囲への無関心がみられる」という時期のことです。


この「周囲への無関心」にさせるほどの心身への侵襲があることは、帝王切開術後のお母さんを見ていて本当に納得できるものです。



帝王切開はおおよそ1時間程度で終了し、病室へと戻ってきます。
帰室直後から翌朝ぐらいまでの様子については、「帝王切開術後19時間とはどういう状態か」でも少し書きました。


その中で、帝王切開は通常、腰椎麻酔か硬膜外麻酔で行われると書きました。この麻酔方法であれば胎児への麻酔の影響もほとんどないことと、お母さんも意識はあるので赤ちゃんの産声を聴くことができます。


無事に赤ちゃんを出産したあと、お母さんは開腹した体を縫合してく必要があります。30分ぐらいはかかるので、その間は必要以上に緊張したり傷みを感じなくてよいように、吸入麻酔や静脈麻酔で意識をなくす方法があります。
お母さんに「どうしますか?眠りますか?」と医師が尋ねると、多くのお母さんがそうした全身麻酔を選択される印象があります。


ですから無事に部屋に戻った頃もまだ、麻酔でうつらうつらしている状態の方もいらっしゃいます。
あるいはそういう全身麻酔は使わなかったのに、緊張からの解放と疲労感で眠り始める方もいらっしゃいます。


どの手術でもそうですが、ご家族の方が心配しながら待機しています。
手術室からもどってきたお母さんの状態が安定していることに、ご家族は安堵されます。


他の手術と大きく異なるのは、「手術が無事に終わったからあとはゆっくり休んでね」という家族の気持ちだけではないことです。


赤ちゃんの誕生という喜びで、ご家族も高揚している気持ちに対応する必要があります。


帰室してひととおりの処置が終わるとご家族に入っていただいています。
そしてご本人に「赤ちゃんを連れてきますか?」と必ず確認して、本人の希望があれば赤ちゃんを抱っこしてもらいます。
「希望があれば」というところが大事なのは、中には疲労感や傷みでご自身の体のことで精一杯な方もいらっしゃるからです。


ぐったりしていたお母さんも赤ちゃんを抱っこすると本当にうれしそうな表情になりますが、時にはチラッとみるだけで「もういいです」とおっしゃる方もいます。


そして周りの高揚したご家族が赤ちゃんについてあれこれ話したり、お母さんに話しかけるのですが、ご本人は目をつぶってちょっと辛そうにしていることもあります。
こんな時には、そっとご家族にも早めに退室してもらうように配慮してます。


ご家族も、そして夫や赤ちゃんでさえも「もうあっちに行って。一人にして」と思うほど、心身の苦痛を伴うのが手術後の第1相傷害期であるといえるでしょう。


そしてその後、翌朝ぐらいまでの術後の様子は「帝王切開術後19時間とはどのような状態か」に書いたように、術後1日目の初回歩行が無事に終わるまでは「痛みと身のおきどころのない辛さ」が続きます。


そしてこの「周囲への無関心」は決してその人の性格や我慢強さといった精神論で克服できるものではなく、手術という侵襲によって誰にでも起こる生体反応であるということがなぜか帝王切開術においてはあまり重要視されていないようです。