帝王切開について考える 8 <手術侵襲からの回復過程・・・ムーアの学説>

書店で周手術期看護の本に目を通して、私の学生時代には耳にしなかった言葉が多く使われていることに気づきました。


それがこちらの記事で紹介した「手術による侵襲」という表現です。


学生時代も、手術は身体に侵襲を与えるというのは学んだのではないかと思いますが、次々と画期的に手術療法が発展し「疾患を克服していく」ことに重点があったてので、どちらかというとあえてその点から考える必要はないという時代だったのではないかと思い返しています。


そしてこの「手術による侵襲」とセットになって最近の教科書で記述されている「ムーアの学説」にいたっては、学んだ記憶もありません。


「ムーアの学説」というのは最近の学説なのだろうかと検索してみたのですが、「生体侵襲と生体反応」という資料の中で、1952年と紹介されていました。


私が看護学生だった頃どころか、私が生まれる前にすでに提唱された説のようです。
長い時を経て、ようやく最近注目されるようになったのでしょうか。


ムーアの学説の説明を読んで、「ああ、これだ。私が知りたかった術後の回復過程を一般化したものは」と感じました。


<ムーアの学説とは>


「成人看護学 周手術期看護論 第3版」(雄西智恵美氏・秋元典子氏編集、ヌーヴェルヒロカワ、2015年)の「手術侵襲からの回復過程」(p.34)の中で、ムーアの学説について説明されています。


手術侵襲により生じた生体反応は、生体の回復にともなって正常化していく。この侵襲からの回復過程を説明した学説の1つに、ムーア(Moore.F.D.)の説がある。ムーアは術後の内分泌・代謝系の変動の推移を4相に分類してい説明している。


各相については以下のように書かれています。

第1相は傷害期ともよばれ、内分泌・代謝系の変動が大きい時期である。また特徴的な臨床反応として、頻脈、腸蠕動音の停止あるいは微弱、発熱、体動が少なく、周囲への無関心がみられる。

この第1相は、「術中から2〜4日」とされています。


第2相では、内分泌・代謝系の変動が減少傾向となり循環系は安定する。腸蠕動が回復して周囲への関心の増加が見られるようになる。

第2相は、「傷害期後1〜3日」です。

第3相は食欲増進、筋力回復などがみられ、最後の第4相は心身ともに術前の状態に回復できる時期である。

第3相が「転換期後数週間」(転換期というのは第2相のこと)、第4相が「筋力回復後」となっています。


帝王切開は1週間程度の入院がほとんどですから、入院中というのはこの第1相と第2相の時期ということになります。
そして退院の頃に、ようやく食欲や体力が戻ってきたという感じの第3相であるのは、日々、帝王切開術後のお母さんたちをみても「そうだろうな」と納得がいきます。


1950年代に発表されたムーアの学説は一般的な説となっている。手術の種類、手術時間、患者の予備力によっても引き起こされる生体反応の強さや持続時間は異なるが、このような手術侵襲に対する生体反応からみた術後経過は、患者の回復が順調にいっているかどうかを判断する指標となる


ムーアの学説がいつごろから脚光を浴びるようになったのか経緯はわからないのですが、検索していると2000年代にはこのムーアの学説や手術による侵襲という言葉が数多く使われるようになっている印象です。
また。周手術期看護の教科書ではこのムーアの学説が必ず説明され、最近の国家試験でも出題されているようです。


看護の教育課程で同じ事を学んでいるはずなのに、なぜ帝王切開術に関しては、このムーアの学説を基本とした術後の回復過程が書かれたものがないのでしょうか。


この術後看護の基本がきちんと理解されていれば、術直後から「母子関係」や「母乳育児」を優先させることにはならなかったのではないかと思うのですが。