帝王切開で生まれる 6 <「帝王切開と新生児の腸内細菌叢」より>

「周産期医学 特集ー母体と新生児に与えるインパクト」(2010年10月号、東京医学社)の中に、「帝王切開と新生児の腸内細菌叢」という論文があります。


今回はこの論文を主に紹介してみようと思います。
長くなりそうなので何回かにわけながら、それぞれの項目について全文引用しながらつらつらと考えてみようと思います。


<「腸内細菌叢」>


初めに腸内細菌叢についての説明です。

皮膚や腸粘膜など生体が外界と接する部分には500種を超える細菌(常在菌)が生息しており、その集団を常在(細)菌叢という。特に宿主の防御機構によっても排除されることなく一生にわたって宿主と共生関係を維持する細菌で構成される常在細菌叢を形成している。腸内細菌叢は腸管内にあって病原微生物侵入を阻止したり、腸管での抗体産生を促進しTリンパ球の活性を調整することによって免疫力を高めたり、宿主が消化しきれなかった食物を消化・吸収しビタミンを産生して宿主と共生している。特にほかの細菌に対しては生息場所を競合したり、ほかの細菌の発育に必要な栄養素を吸収したり、ほかの細菌の発育を阻止する物質を産生して細菌の感染を阻害している。(拮抗現象)


このあたりは、私が1970年代終わりに看護学校で学んだ細菌学の内容とほとんど変わっていないのではないかと思います。


Wikipedia腸内細菌の「歴史」を読むと、1674年にレーウエンブックが「自分で作成した顕微鏡を使って環境中のさまざまなものを観察し、細菌などの微生物を発見したが、彼はヒトや動物の糞便についても観察し、腸内細菌をスケッチしている。」とあります。


その後、1885年の大腸菌などの分離同定、1899年の嫌気性であるビフィズス菌の同定、そして1950年頃には「腸内細菌の役割について宿主との共生という観点からの研究が再び盛んになり、嫌気培養技術が大きく発展したことも手伝って、細菌叢調整法が発展し、その実態解明が進んだ」とありますから、私が使った教科書は「腸内細菌叢についておおよそわかった」と研究が一段落した頃だったのかもしれません。


<「腸内細菌叢の形成」>


続いて、「腸内細菌叢の形成」について書かれています。

 新生児は胎内では無菌状態にあるが出生とともに外界の大量の細菌に汚染され生後数時間から数日で腸内細菌叢を形成する。この時、ほかの細菌が定着する前に母親由来の細菌に曝露され母親由来の細菌を定着することが極めて重要である。ほかの細菌が先に定着してしまうと母親由来の細菌が定着しようとしても拮抗して容易に定着できない。
 新生児の腸内細菌叢は養育環境や栄養方法により構成する細菌が異なる。新生児期の腸内細菌叢を構成する細菌は日齢が進むに従いBifidobacterium属(ビフィズス菌と総称する)が優勢菌となりEnterobacteriasea族(大腸菌、肺炎桿菌、エンテロバクターといった腸内細菌科細菌)などの病原性を有する細菌が減少する。特に母乳栄養で育つ新生児ではビフィズス菌が早期の最優勢となる。これは新生児の腸管内では、初めに通性嫌気性である腸内細菌科細菌が増殖するが、酸素を消費するために腸管内はより嫌気性となるので偏生嫌気性菌であるビフィズス菌が有意になるからである。また、母乳中に含まれるオリゴ糖によりビフィズス菌の増殖が促進する。


こうした新生児の腸内細菌叢についての記述は、私が助産師になった1980年代終わり頃にはまだ目にすることがありませんでした。


唯一、私が新生児と大人の腸内細菌叢について鮮明に記憶に残っていることが、上記でリンクしたWikipediaの「腸内細菌」にも書かれていますが、ビタミンKが腸内細菌叢でつくられることでした。


当時、ケイツーシロップを新生児に飲ませる必要性が認識されて初めていて、看護学校でも習った記憶がないほどマイナーなビタミンKが、成人では腸内細菌叢でつくられること、無菌状態の新生児の腸内細菌叢では産生できないことを知って驚いたのでした。


だから新生児にビタミンKを補足することで致死的な疾患である新生児メレナを予防できる。



そうなのだ。新生児の腸内細菌はゼロからのスタートなのだ。
とても私の中に印象的に残りました。


新生児を抱っこしたり、オムツ交換をするたびに、経時的に臭いが変化し、その変化にも法則性があるような印象を持つようになったのは、この「新生児の腸内細菌はゼロからのスタート」がどこか意識され続けていたからだと思います。


最初の胎便も全くの無臭ではないのですが、初めての胎便が出生直後と生後半日以上経過した頃に出るのでは、すでに「初めての胎便」でも臭いが異なることを感じることがあります。
時間が経てば経つほど、独特な臭いが出始めます。



最初は、雨傘がこもったような臭いで、だんだんと大腸菌由来なのか大人のおならに近いような臭いが混じり始めます。
そして生後2〜3日になると、ビフィズス菌由来の「甘酸っぱさ」やお母さんたちが「炊きたてのご飯のようなにおい」と表現するにおいに変化します。


これが上記に書かれている「新生児は胎内では無菌状態にあるが出生とともに外界の細菌に汚染され生後数時間から数日で腸内細菌叢を形成する」と、感覚的にも一致します。


助産師になってから、20年近く探し続けていた「新生児の腸内細菌叢の変化」の答えがようやく聞かれ始めたのが2000年代終わりの頃でした。


Wikipediaの「腸内細菌」の歴史を見ると、1950年代以降は腸内細菌叢への研究についての記載がなく、「1995年、有用な腸内細菌を増殖させる物質としてプレバイオテイックスという概念が提唱される」と書かれています。


おそらく、再び腸内細菌、しかも新生児の腸内細菌が注目をされ始めた背景には1980年代の「母乳」の研究と「早産児」の管理が大きく関わっているのだろうと思います。