帝王切開で生まれる 9 <「帝王切開出生児に理想的な腸内細菌叢を定着させるには」より>

「周産期医学 特集 帝王切開ー母体と新生児に与えるインパクト」(2010年10月号、東京医学社)の「帝王切開と新生児の腸内細菌叢」という論文の最後の部分を紹介します。


帝王切開出生児に理想的な腸内細菌叢を定着させるには」として以下のように書かれています。

 帝王切開で出生した新生児が経膣分娩と同様の細菌で構成される腸内細菌叢を早期に獲得するためには出生後の育児環境と栄養方法を整えることが必要である。すなわち、1.可及的速やかに母子接触を行い、2.終日母子同室とし、3.母乳で育てることがビフィズス菌を増やし母親由来の常在菌を定着させる上で極めて重要である。

 近年、多くの産科医療施設において帝王切開中の母子の皮膚接触が行われている。児を帝王切開で娩出後直ちに母親の胸の上に置き皮膚と皮膚を接触させて抱っこして過ごし、30分から施設によっては手術終了後まで実施している。適応を厳密にして医療者が側に付き添うなど態勢を整えることで、安全に実施できる。

 また術中の皮膚接触は無理であっても帰室後速やかに初回授乳を行うことで環境や医療者が持つ細菌の定着を防ぐことができる。帝王切開術後では母親が動けないとの理由から新生児を新生児室に預かる施設があるが、長期間の母子分離は新生児に環境由来の細菌を定着させ細菌感染症を発症することがあるので可能な限り早期に同室・同床とする。母親と接触する機会が増えることは環境由来の細菌の定着を防ぎ母親由来の常在菌の定着を助ける。同時に早期接触、早期授乳は母乳分泌をよくし母乳育児への意識を高めて母乳育児を進める。

 母乳育児は母乳中に含まれるオリゴ糖によりビフィズス菌を増殖させ哺乳時の皮膚接触により母親の常在菌を児に移行させて腸内常在菌の獲得を容易にする。


そして「おわりに」では以下のように書かれています。

 新生児集中治療室や新生児室ではMRSAによる院内感染が問題になっている。MRSAの保菌状況を観察しているとMRSA感染の小流行が起こっている時でもMRSAを保菌しない新生児がいる。監視培養の結果をみると彼らは早期からα-streptococcusや母親由来の腸内細菌科細菌を獲得している。今後、我が国では早産児や子宮内発育不全が増加し胎児適応による帝王切開が増加する可能性がある。

 生後の発育や感染予防のためには母親由来の細菌やビフィズス菌優勢の理想的な腸内細菌叢を獲得することが重要である。そのためには我々は経膣分娩で出生した新生児だけでなく母親の産道を通過することができなかった新生児に対しても早期母子接触、母子同室、母乳育児にとりくまなければならない。

<程度の問題ではないか>



もし新生児にとって「理想的な腸内細菌叢」というものがあり、それが「早期母子接触、母子同室、母乳育児」によって得られるのであるとすれば、それを最も必要としながらその方法を得られない赤ちゃんたちがいる、という矛盾を思い浮かべてしまいます。


胎児ジストレスなどの理由で超緊急帝王切開で生まれて出生直後の状態が悪かったり、早産で小さい赤ちゃんたちはお母さんの顔を見る間もなく、蘇生や処置で引き離されます。


そのまま保育器に入って、医療スタッフの手によって治療やケアがされて、少し安定したらようやくお母さんやお父さんが保育器にそっと手を入れて赤ちゃんを直接なでることができるくらいです。


NICUの面会でも、お母さんがずっといられるわけではないし、手洗いを厳重にするので「母親由来の常在細菌」もどの程度移行することでしょうか。


母子同室どころか、母子分離を余儀なくされる場合もあります。
それでも無事に退院して成長しているこどもたちもたくさんいることでしょう。


「理想的な腸内細菌叢」とは具体的にどのような状態で、それが得られないとどのような問題が起きているのでしょうか。


それ(早期母子接触、母子同室、母乳育児)をしなければならないほど、決定的な違いがあるのでしょうか。


お母さんも赤ちゃんも状況が安定していれば、できることろから少しずつ始めればよい。
そんな「程度問題」のような気がします。


もしかしたら、大学病院や周産期センターのように規模が大きい施設ではなかなか融通が利きにくいので、何かを変えるにはそのくらい主張が必要なのかもしれませんが、中小規模の分娩施設ではもっと柔軟に対応していたのではないかと思えるのですが。