乳児用ミルクのあれこれ 31 <ミルクに関する「事実」とは何かー夏季熱>

こうして乳児用ミルクのここ一世紀の変遷をみるだけでも、今、ミルク缶をパカッと開けてすぐに新生児に安全に飲ませるミルクを作れることはなんとすごいことだろうと思います。


「母乳栄養に失敗」「人工栄養に失敗」、そのどちらも乳児の生命に直結することですから。


こちらこちらの記事で、ダナ・ラファエル氏の言葉を紹介しました。

世界中の多くの母親の場合、授乳に失敗するということはもっと深刻な現実を意味します。家庭内にミルクを量産してくれる牛か山羊でもいない限り、その赤ちゃんは死ぬ可能性が高いからです。

母親がもっとも関心を持っている事項ーどうやって赤ちゃんの生命を保つかという問題


それでも安心して使える育児用ミルクが手に入っても、ミルクに対して警戒感を持つような言葉を見聞きします。
「ミルクで育った赤ちゃんは病気になりやすい」「ミルクで育てると肥満になりやすい」など。


どこまでが事実なのだろうと、助産師になってからずっと考えていたことです。


今回、この「母乳が足りなくても安心」(二木武・土屋文安・山本良郎氏、ハート出版、平成9年)の中に書かれている育児用ミルクの歴史を読んで初めて、「そういう時代もあり、そういう事実もあったのだ」ということが見えてきました。


<「夏季熱」ー1960年代>


私が乳児だった1960年代に「夏季熱」という言葉があったことを初めて知りました。

 1960年代の、蛋白質もミネラル濃度も3分の2牛乳レベルのミルクの時代には、悪条件が重なった夏季に発熱するという現象が見られました。これが「夏季熱」と言われたものですが、別に水分を補給したり、あるいはミルクを薄めて与えたりすることで回復しましたので、明らかに水分不足だったのです。


この発熱のメカニズムについて以下のように説明されています。

 最初にお話したように、牛乳をベースにした人工栄養は牛乳を薄めることから始まりました。これは人の乳に比べて牛乳の蛋白質とミネラルが多かったことへの対応でした。大変発育の早い赤ちゃんにとって、骨や体を作り上げていく上でミネラルは大切な成分です。しかし過剰に摂ったミネラルは、赤ちゃんの未熟な腎臓を通して対外へ排出しなければなりません。赤ちゃんの腎臓は未熟で、大人のように濃いおしっこを作ることができません。腎濃縮力が大人の半分、つまり一定量の不用のミネラルを体外へ排出するのに大人と比べて倍量の水が必要なのです。
 ミルクだけを飲んでいる、赤ちゃんを想定してみましょう。赤ちゃんが摂る水の量は、粉ミルクを調乳するときに使った水と、調乳液中の脂肪や炭水化物、場合によっては蛋白質が体内で燃えてエネルギー源になったときに生じる燃焼水の合計です。
 これらの栄養成分が体内で酸素と結合してエネルギーを生じるときには、最終的には炭酸ガスと水に変化します。この時生じる水を「燃焼水」と言います。一方、体外へ出て行く水はおしっことして出て行く水のほかに、呼気の中の水分や汗というものを考えておかなければなりません。

入ってくる水の量より出て行く水の量が多いと、赤ちゃんは水不足を起こし発熱します。ミネラルの多い濃いミルクを与えられた時には、おしっことして使わなければならない水の量が増えます。気温が高い夏季には、汗の量や呼気中に出ていく水の量が増えます。このような時に何らかの病気で発熱があったり、多少でも下痢などがあれば一層条件は悪化します。


もしかしたら、この時代に「ミルクの赤ちゃんは熱を出しやすい⇒病気になりやすい」というイメージが社会に定着したのかもしれませんね。
あるいは「ミルクの飲ませ過ぎはよくないので、薄めて飲ませなさい」あたりも。


<ミルクの「脱塩時代」へ>


その後、1980年代までのミルクの改良について「積極的な『脱塩時代』の幕開け」に書かれています。

 時代が進むにつれて蛋白質所要量も下がり、それに合わせてミルクも、より薄めた牛乳をベースにして作られるようになりました。蛋白質の減量と平行して、少しずつですがミネラル含有量も低下していきました。しかしこの程度ではいつまで経っても母乳のレベルが射程距離に入ってきません。そこでもっと積極的にミネラルを除く、いわゆる脱塩の努力がなされました。
 ミネラルをただやみくもに減らすというのは大変危険です。もともとミネラルそのものは大切な栄養成分です。ミネラル含量が多い場合には、ミネラル相互のバランスの乱れはある程度許容されますが、ミネラルの絶対量が減ってきた時の相互のバランスの乱れは、赤ちゃんの体に異常をもたらします。そこで相互のバランスに配慮しながら絶対量を減らす努力が、ゆっくりではありましたが確実に進められました。1961年にはミルク100ml中0.58gだった灰分(ミネラル)は1975年には0.43g、1988年には0.31gまで減りました。このように1980年代に入って、積極的な脱塩により十分量の予備水分が確保されてなおかつミネラル相互のバランスが母乳に近いミルクが作られ、今日ではそのようなミルクが主流になっています。

 昔、赤ちゃんが何らかの異常を示した時に、ミルクを薄めて与えたのには、それなりの意味がありました。しかし現在のミルクでは、そんな時にあっても薄めなければならない必然性がないくらい、赤ちゃんにとってゆとりのあるミルクになっているということをご理解いただけたと思います。


ただ、この1980年代あたりでもまだ「人工栄養児は病気にかかりやすい」という事実はあったようです。


育児用粉乳の改良がおおまかに3段階の時期に行われ、具体的にどのような変化があったのかについて、次回から紹介してみようと思います。




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