乳児用ミルクのあれこれ 27 <Meekさんのコメントをご紹介します>

液状乳児用ミルクのキャンペーンについての記事に、Meekさんからアメリカの資料や乳業会社の状況についてコメントを頂きました。
だいぶ時間がたってしまいましたが、コメントを本文で紹介することも快諾してくださりMeekさんありがとうございます。


物ごとを全体からみる、いろいろな視点からみることは大事だと、はっとさせられたコメントでした。
そういう意味では今回のタイトルも「目から鱗」シリーズでもよかったかもしれません。


今回はMeekさんのコメントをそのまま時系列でご紹介したいと思います。

日本で液状ミルクが生産販売されたことがない事情については、森田洋右『和光堂育児用ミルク講座』和光堂、1999年、237貢に的確な記述があります。
著者は和光堂研究開発部のベテランです。直接的には乳業省令で育児用は『粉乳』と定義されていることが問題であると指摘しつつ、将来的にまったく不可能ではないものの問題が多いと述べています。新たな生産設備を必要とする、コストがかかる(容器、生産に加え、重くてかさばるので輸送も)、多品種になると各々の生産規模が縮小しスケールデメリットが生じる、(コナミルクも高くなる)、使用済み容器のリサイクル問題が生じる、加えて、少子化の日本で消費拡大の見込みがない・・・かなりハードルが高いです。

本当にそうですね。液状乳児用ミルクに切り替えるために企業側の負担についても想像していなかったわけではないのですが、こうした現実の経済的な問題などをひとつひとつ解決するのにはどうしたらよいかについては、私自身あまりにも知識がなさすぎると改めて思います。


米国の人工栄養は練乳から始まり、コナミルクはむしろ後発でした。早い時期から孤児院用の大缶が作られています。そういう歴史・文化の問題もありますが、やはり市場として成り立たないのでしょう。国内の乳業会社にはニッチな市場に対応して設備投資をする体力がなく、海外企業は規制が厳しく規模の小さい日本の市場に魅力を感じないということではないでしょうか。


なにしろ蛇口をひねれば清潔な飲み水が容易に入手可能。お湯を沸かしたり保温する電気もガスも安定供給。だから粉乳優位になったのだろうと思います。(国によってはたとえ上水道が整備されていても硬水で調乳には不適な場合もあるでしょう)


当面、災害用については乳児のいる家庭がそれぞれ準備されるのが手っ取り早いと思います米国から32オンス×6(現地価格約$50)を個人輸入すれば1万円ほどです。使い勝手がよいと思われるプラスチック瓶入り8オンス×24も現地価格は同様です。
(リンク先は省略)


国産の見通しについては、乳業会社が市販品を作る可能性が低いと私は思います。無乳糖などの特殊粉乳の少量生産ができているのですから「やる気」の問題のようにも思われますが、あれはおそらく大量生産と生産ラインを共有でき、大規模な設備投資が不要なのでしょう。また母乳も含め代替品が全くない場合はまさしく命に関わるので、人道的責務も甚大です。


素人考えですが、エンシュアやラコールの製造業者が「医薬品」として高リスクの乳児用に大豆由来の製品を開発するというシナリオはどうでしょう。もしかしたら既存の生産ラインが活用できるのではないでしょうか。

米国のことしかわからなくて恐縮ですが、2011年8月公表のこちらの集計(15頁の図8)によれば、そのまま飲める液状ミルクは売り上げのわずか3%に過ぎません。
「The Infant Formula Market Consequences of a Change in the WIC contract Brand」
ただし、米国の乳児用調製乳市場は、連邦政府の補助で「購入」(クーポン引き換え)される分が大きい、非常に特殊な寡占市場です(米国で生まれる赤ちゃんの約半数が補助の対象です)。


「あれば便利」だと考える人が相当いたとしても、割高な液状ミルクを(実際に)どれだけ消費するかというと、大して大きな市場は期待できないと思うのです。(「投票に行きます」とアンケートに答える人が7割以上いても、実際の投票率が5割ほどにしかならないように)。


しかも設備投資をすることによって全体として市場が拡大するわけではなく、液状ミルクの消費が増えればその分だけコナミルクの消費が減る構造です。


日本の乳業は国際的にみれば零細で脆弱です。TTPの議論を前に戦々恐々、なのに震災で酪農が打撃を受けて踏んだり蹴ったりです。国の補助金でもない限り、設備投資にはなかなか踏み切れないと想像します。そして、ご承知のとおり国の財政も火の車です。


人口減少によりコナミルクの市場がどんどん縮んでいる局面で、乳業会社に設備投資を期待するのは酷だとは思いませんか?

まさに。国内の酪農家や乳業会社を社会で守るという視点も大事ですね。
それこそ半世紀、1世紀後ぐらいに日本でどれくらい乳製品を自給していくのかぐらいまで視野にいれて考えることが、最終的には新生児や乳児に安定してミルクを供給できることにつながるのですから。


結論は急がずに、生産者にも乳児にもそして養育者にとっても負担が少なくなるような新たな選択肢が増えるとよいと思います。



<アメリカの低所得者向けの栄養プログラム>


ところでMeekさんがご紹介くださったアメリカ農業省の資料で、私が想像していたアメリカ社会とは違う一面を知る事ができました。


この資料はアメリカ農業省によるWIC(USDA's Special Supplemental Nutrition Program for Women, Infants, and Children)というプログラムに関するものです。
WICというのは「低所得層の妊産褥婦、授乳中の女性、乳児そして5歳以下の幼児で栄養的にリスクのある人を対象にした、無償の食糧配給、栄養指導その他の社会的な保健制度への相談などの事業」(p.1)で、アメリカの3大食糧プログラムのひとつ(p.3)のようです。
そしてMeekさんのコメントにあるように、2010年の時点で全米の220万の乳児、アメリカで出生する半数以上の乳児がこのWICを受けていると書かれています。


「豊かな国」アメリカで出生する半数以上が、低所得者層で栄養面でリスクが高い人のための食糧プログラムの対象としてミルクの配給を受けているということに驚きます。


そのWICによって配給されるミルクのうち、液状ミルクは「Liquid Concentrate 8%」とあるのがおそらく無糖練乳で薄めて飲ませるタイプで、Meekさんが書かれている3%は「Milk-based powder, ready-to-feed」で、powderと書かれてはいるけれど調乳済みですぐに飲ませられるタイプということでしょうか。


いずれにしても、もしかしたらアメリカで調乳済みミルクを購入できる経済的に余裕がある層と、アメリカでも低所得者向けの無償プログラムで乳児を育てている層という2極化があるということなのかもしれません。このあたり、アメリカの事情に詳しい方がいらっしゃったら是非教えてください。


低所得者向けのミルククーポン制度は3大企業による寡占状態>


もうひとつ意外だったのは、日本の産業には政府の保護や補助金の撤廃と市場開放を要求する「自由経済」のイメージがあるアメリカで、「1990年代半ばになると、Mead Johnson、AbbotそしてNestleの三大企業」がこのWICのミルククーポンをほぼ独占している状況だということです。


あくまでも想像でしかないのですが、アメリカのネスレボイコット処方箋なしにはミルクを買えないようにするほどの母乳推進運動の背景は、もっと政治経済的なものに動かされていたのではないかと思えて来ます。


Meekさん、いろいろと参考になりました。ありがとうございます。





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