乳児用ミルクのあれこれ 32 <乳児用ミルクの改良の変遷>

今回も「母乳が足りなくても安心」(二木武・土屋文安・山本良郎氏、ハート出版、平成9年)から、乳児用ミルクの変遷を紹介しようと思います。


「第二次大戦後の進歩」の中で、乳児用ミルクが大きく3段階に分けて改良されたことが書かれています。
長いのですが、それぞれの全文を紹介します。(強調は引用者による)


70%型調製粉乳時代(1950〜1959年)


 統制経済から自由経済への復帰が本格化し始めた昭和25年、母子愛育会小児保健部会の栄養方式(いわゆる愛育会案)が発表されました。この方式は、翼賛会案から一転して高蛋白・高カロリーの今日からみれば過剰栄養ともいえるものでした。当時の日本人の多くが栄養失調という状態のなかで、赤ちゃんの栄養だけは何としても確保しようという意識が濃厚栄養に走らせたともいえるでしょう
 翌26年には、厚生省の「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(いわゆる略称乳等省令)に「調製粉乳」の規格が制定されました。この規格は全脂粉乳70に糖質30を加えた形のものなので、70%型調整粉乳と呼ばれました。この「調整粉乳」が育児用粉ミルクの正式名称です。
 これを受けて、乳業会社からはソフトカード化、ビタミン類・鉄・カルシウムの強化など、新しい加工技術を駆使した調整粉乳が発売されました。現代的調製粉乳の始まりといってよいでしょう。続いて昭和28年頃から、添加糖質に乳糖を用いて、砂糖を減らす改良が行われました。

今の60〜70歳代の方々が生まれた時代です。


特殊調製粉乳時代(1959〜1979年)


 昭和34年の乳等省令改正で、「特殊調整粉乳」が追加され、これによって「母乳の組成に類似させる」ための調整ができるようになり、牛乳脂肪の一部を植物油に置き換えてリノール酸を母乳並みにするなど、量だけではなく質においても母乳成分を目標にした改善が行われるようになりました。
 また、この頃から太り過ぎや、蛋白質、ミネラル、カロリーの低減を打ち出した小児栄養懇話会案が昭和36年に発表され、愛育会案に代わって調乳の基準とされました
 その後も、蛋白質所要量の再検討や、哺乳量調査などの研究を基礎にして、乳児の栄養書少量が厚生省の「日本人の栄養所要量」の中で数次にわたって改訂され、今日に至っています。これに伴って、調製粉乳の組成や調乳方法が改善されてきました。
 昭和41年頃から単一調乳方式がとられるようになりました。今日では当たり前のことで、単一調乳という言葉を意識することもありませんが、それまではミルクを溶かすときには別に○○メールというようなでんぷん分解質や、穀類の粉末あるいは砂糖などの添加糖質を加え、月齢に応じて次第に濃度をあげて行く方式だったのです。それが、今日普通に行われているように、ミルクだけを溶かす単一調乳となりました。これはいつも一定の濃度で使うので、単一処方方式ともいいます。
 昭和50年頃、それまで添加されていた砂糖が除かれました。これは、当時、子どものむし歯の激増の原因がミルクの砂糖にあるとする、歯科医師会などからの非難に対応するものでした。この非難は必ずしも正しいものとはいえませんが、砂糖を加えた人工乳が母乳に比べると甘く、そのため赤ちゃんを母乳よりミルクを好きにしてしまうのではないか、またその結果、混合栄養がうまくいかないのではないかという問題を解決するものと考えれば、一つの改善であったといってよいでしょう。
 この時代に行われた調製粉乳の主要な改善策としては、脂肪の植物油置換、蛋白質の減量、ミネラル減量などでした

私が生まれた1960年代初頭に、こうした乳児用ミルクの第二段階の改良が行われたようです。



そして現在の出産・育児年齢の世代が生まれた頃、そして私が看護学生として学び始めた頃に、以下のように変化したようです。

(新)調整粉乳時代(1979年以降)


 昭和54年の乳等省令改正により、それまでの「調製粉乳」と「特殊調整粉乳」は一本化されて「調整粉乳」となりました。次いで昭和58年に食品衛生法が改正されて、食品添加物として銅・亜鉛が、「母乳代替品」に限り強化が認められました。
 その後も、タウリン、ビタミンK、n-3系列多価不飽和脂肪酸、いわゆるビフィズス因子としてのオリゴ糖など微量栄養素の強化、ホエー蛋白質の増強と蛋白質の減量、アレルゲン性の低減など、新しい研究成果を取り込んだ改良が重ねられています。これらまさにハイテクミルクともいえるものですが、後で詳しく説明します。
 また、未熟児用、アレルギー用、下痢症用などの特殊用途向けのミルクの開発、昭和55年に始まる特殊ミルク安全開発事業による先天性代謝異常用特殊ミルクの開発、高月齢乳児用調製粉乳いわゆるフォローアップミルクの開発など、特定の目的を持ったミルクが相次いで開発されるようになりました。


こうして見ると、私たちが安心して簡単に新生児から飲ませることができるミルクを手に入れられるようになったのは、たかだか半世紀のことと言えそうです。


半世紀、ちょうど私が生まれた頃ですね。
私たちの世代というのは、国民皆保険制度ポリオワクチンの開始などとともに、この乳児用ミルクを適切に与えられたかどうかでもその人生の明暗が大きく分かれてしまった世代でもあると、改めて思います。


また、それだけ健康や疾病の予防に大きな影響を与えた変遷はなかなか人の記憶には残りにくくて、「ミルクで育つと病気になりやすい」「ミルクで育つと太りやすい」といった「事実」だけが不安となって残り、伝えられてしまうのかもしえれません。


次回はもう少し具体的に育児用ミルクの改善について紹介しようと思います。




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