育児用ミルクのあれこれ 33 <「母乳並みのミルクの誕生」>

今回も「母乳が足りなくても大丈夫」(二木武・土屋文安・山本良郎氏、ハート出版、平成9年)を参考に、戦後、乳児用ミルクについての研究によって乳児にとってどのようなベネフィットがあったのか紹介したいと思います。


「母乳並みのミルクの誕生」(p.113〜)はこんな文章で始まっています。

「山本さん!今度のミルクはすばらしいね!! 赤ちゃんの皮膚から湿疹がなくなったし、赤ちゃんが硬太りになったよ!!」
と言いながら研究室に入ってこられた小児科の先生の目の輝き、顔の表情、そして声の輝きを今もって忘れることはできません。私が京都大学の小児科研究室で研究をしていた30年以上も前のことです。
 これが日本で初めて、牛乳脂肪の一部を植物油で置換して母乳レベルまで高めた時でした。この時の感動こそが、その後の育児用ミルクの脂肪の改良の原動力となったのです。そして、その基礎の上にできた現在のミルクは、脳や心身の発育・発達に不可欠なドコサヘキサエンさん(DHA)やアラキドン酸、そしてコレステロールまでも含めて、母乳の脂質バランスに近づけられています。


この共著者の山本氏は1935年生まれで、農学部を卒業したあと明治乳業に入社し、上記に書かれているように京都大学小児科研究室に派遣されて研究をされていたようです。


このエピソードはちょうど「高蛋白・高カロリー」の過剰栄養ともいえる70%型調乳製粉時代(1950〜1959)から、「牛乳脂肪の一部を植物油に置き換えてリノール酸を母乳並みにした特殊調整粉乳(1959〜1979年)あたりの時期の話と思われます。
今、手軽に買えるサラダオイルが高級品だった1960年代の記憶がおぼろげながらあるので、当時は大人だけでなく乳児にも安全に、そして日常的に使える植物油の研究がたくさん行われていたのでしょうね。


「赤ちゃんの皮膚から湿疹がなくなった」「硬太りになった」あたりについては「リノール酸強化で赤ちゃんは硬太りに皮膚はすべすべに」(p.125〜)に書かれています。

 日本で初めて、コーン油を使ってリノール酸含量を母乳レベルまで高めたミルクが発売されたのは、1961(昭和36)年のことでした。この章の冒頭にお話したように、新しいミルクの登場で、赤ちゃんが母乳栄養児並みにいわゆる硬太りに、さらに赤ちゃんの皮膚が大変きれいになりました。もちろんそれまでのミルクでも赤ちゃんはまるまると太って体重増加も順調でしたが、なんとなくぶよぶよした太り方をしていましたし、それにも増して皮膚湿疹が多かったのですから、大変な驚きでした。

 ちなみに皮膚湿疹が多かった理由は、母乳脂肪に比べて牛乳脂肪ではリノール酸という脂肪酸が著しく少なく、牛乳脂肪だけでは赤ちゃんのリノール酸の必要量がまかなえていなかったためです。リノール酸は、人の体内で生合成できないので食事から摂らなければならず、必須脂肪酸と呼ばれています。リノール酸の研究は、1929年にBurr(バル)さんたちが、ラットを無脂肪食で飼育すると体重増加が不良で毛がざらざらになり、尾が鱗片状になってついには壊死を起こし、臓器には出血が見られるなどの症状が現れることを報告し、これにリノール酸、アラキドン酸あるいはα-リノレイン酸という脂肪酸を投与すると、これらの症状が改善されることを見いだしたことから始まっています。


「脱塩」やこの植物性油脂の研究以外にもいくつもの改良についてこの本に書かれていますが、ちょうど私が生まれたあたり、半世紀前に育児用ミルクは本当に劇的な改良があったのですね。


「ミルクの子は・・・」ともし否定的にとらえる言葉を聞いた時には、「そのミルクはどの時代のものを指しているのか」というあたりを考える必要がありそうです。




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