赤ちゃんに優しいとは 8 <赤ちゃんや子どもの事故の情報を共有するために>

日本ではスリングがまだ知られていなかった1980年代、私が住んでいた東南アジアのその地域でもスリングで赤ちゃんを抱っこしていました。
たった1枚の布で、こんな便利な方法があることに感心しました。


それから10年ぐらいしてからでしょうか。
東南アジアやアフリカなどを訪れた経験を持つ人が日本にも増えたり、欧米のおしゃれな子育て用品として知った人が増え始めたのでしょう。
スリングが日本にも急速に広がりだしました。


私は、あれ?何だか違うとその使い方に違和感がありました。
東南アジアやアフリカで見たのは、月齢が数ヶ月以降ぐらいの「大きい赤ちゃん」の抱っこに補助的に使うものであって、首がすわっていないような新生児や2〜3ヶ月の赤ちゃんは、そういう地域でも普通に横抱きでしたから。


ところが日本では新生児から使うスリングが広がり始めて、なんとなく大丈夫かなあと不安に感じていました。
でもその不安が正しいかどうか判断できるほどの情報もありませんでした。


そして2010年ごろに、「ああやっぱり」と思う情報、そして信頼できる情報が初めて目に入りました。
日本小児科学会のInjury Alert(傷害情報)の「No.019 子守り帯(スリング)内での心肺停止」です。


当時、退院時や1ヶ月健診でスリングを使用する方が増えて来て、赤ちゃんが落ちそうになっていることの危険性と股関節脱臼への影響についてはどこからともなく情報がありましたが、心肺停止というもっと危険もあることを初めて知りました。


その傷害注意速報の「こどもの生活環境改善委員会からのコメント」にはこのように書かれています。

1. これまで、スリングからの転落や、スリング使用による股関節脱臼の危険性が指摘されていたが、わが国では死亡例の報告はなかった。
2. 2010年3月12日、アメリカ消費者製品安全委員会(CPSC)は4ヶ月未満の乳児にスリングを使う場合の窒息の危険性について警告情報を発表した。この報告によると、過去20年間にスリングによる乳児死亡は14件で、このうち4ヶ月未満が12件であった。また同日、カナダ保健省(Health Canada)もスリング等を使用する際の転落や窒息事故に関して注意喚起を行った。
3. 国民生活センターは2010年3月26日、国内でも過去10年間にスリングからの転落による乳児の頭蓋内損傷など64件の事故報告があったとして注意を呼びかけた。2008年度は13件、2005年は9件となっており、月齢では3ヶ月から8ヶ月の児に多く、傷害としては「打撲、挫傷」がほとんどをしめた。
4. わが国ではスリングの解説本なども出版されており、育児用品として普及率が高い製品である。今回の事例から、子どもの顔がつねに見えている状態で使用することを周知徹底させる必要がある。
5. CPSCの報告では、未熟児、双児、虚弱体質や低体重の乳児がハイリスクとされ、強制的な規格が必要な乳児用耐久財のリストにスリングを追加した。死亡原因として、スリング内の頭頚部屈曲による上気道閉塞、体部前屈による胸郭拡張制限、体温調節異常などが考えられているが、死因を解明する必要がある
6. 本事例はSIDSとの鑑別が必要であるが、現時点では、このような事例があったという事実を記録しておくこととした。


この傷害情報がでてすぐに、カナダ保健省から出された写真での注意喚起をクリニックの外来に貼って知らせるようにしました。
そして、お母さん達にはスリングを使いたい場合は生後数ヶ月ぐらいからのほうがよさそうと説明するようにしました。


そして2013年には日本小児整形外科学会から、「ー赤ちゃんが股関節脱臼にならないよう注意しましょうー」というパンフレットができました。


これは印刷して、退院時説明でお母さんたちに渡すようにしました。


<赤ちゃんや子どもの事故を伝えるのは難しい>


ただそこまで情報を伝えても、「外来のポスター(カナダ)に気づかなかった」という方々もいて、なかなかリスクの説明や伝達というのは難しいものだと思いました。


30年以上前、看護学生の時に小児科の授業で「小児の死因の上位を事故が占めている」ことを学び、驚きました。
しかも、日本ではお風呂に水を張ったままにしているので溺死が多いこと、子どもは洗面器などに十数センチも水があれば死亡事故につながる事など、小児の事故の特殊性がとても印象に残りました。


こちらの記事の最後ナイチンゲールの「看護覚書」に書いてある言葉を紹介しましたが、病気のこどもだけでなく、「子どもの生命を絶えさせすことは、ろうそくの火を吹き消すのと同様、いともたやすこと」であると、子どもの事故死のニュースを聞くたびに心が痛みます。


相変わらずお風呂場の溺死のように昔からの事故もなくなりませんし、こんにゃくゼリーボタン電池の誤飲、車の中での熱中症など、新しいものが増えるに連れて「そんなことがおこるなんて」と想定外の事故が時代とともに増えていきます。


消費者庁「子どもを事故から守る!プロジェクト」というものがあるようです。
そこに、「子どもの事故の予防については、『子育てに忙しくて必要な時に欲しい情報が入手できない、優れた取り組みが関係者間で共有できていない、単に注意を呼びかけるだけでは限界がある』といった声がある」と書かれています。


「優れた取り組みが関係者間で共有できていない」
本当にそうだと、助産師や周産期看護に携わるスタッフを見ても思います。


スリングに関しての危険情報が出されていたことを全く知らないスタッフもまだまだいます。
分娩直後の早期母子接触中の事故についても知らないスタッフがほとんどです。


「周産期看護」という体系でリスクマネージメントを考えたり伝達する方法がないことが、一因だろうと思います。




<補足>


コメント欄でrenyankoさんから、哺乳瓶に関する安全性の基準を教えていただきました。
あわせて、チャルドシートの規格と東京都の抱っこ紐の安全対策に関する報告書をリンクしておきます。

家庭用品品質表示法、ほ乳びんについて(消費者庁)
「安全なチャイルドシートの選び方」(国土交通省)
「抱っこひも等の安全対策〜東京都商品安全等対策協議会報告書〜」


「赤ちゃんに優しいとは」まとめはこちら