母乳のあれこれ 30 <「母乳で賢くなったり出世するのか」という研究>

久しぶりの「母乳のあれこれ」です。過去の記事は、いつもまとめてくださるうさぎ林檎さんのこちらをどうぞ。
(私のブログの目次をつくってくださるうさぎ林檎さん、ありがとうございます)


今日は、先日いただいたさとえさんのコメントから、書いてみようと思いました。さとえさん、ありがとうございます。

だいぶ前ですが、お昼の情報番組を見ていたら、ミルクで育てた子どもより、母乳で育てた子どもの方が出世するという調査結果が出た、という記事を紹介していました。なんだかミルクで育てたら落ちこぼれてしまうような印象を受けてしまったのでした。

本当にそうですよね。まさに今授乳中のお母さんたちには、辛い情報になると思います。


そして、りすさんがご自身の対処法を書いてくださいました。ありがとうございます。

私は心がざわつく情報に接した時は、「パスカルニュートンパスツールやシュバイツアーの母親は青魚をたくさん食べていたか?」「野口英世は理想的な食事で育ったか?」と思うことにしています。

りすさんはご自身の合併症から、お子さんをミルクだけで育てられたことを以前書かれていました。
りすさんのように忘れてはいけない状況にある親子は、こうした情報が出るたびに考えさせられてこられたのだと思います。


まずは、その情報をそのまま信じるのではなく懐疑的に受け止める、いろいろな視点から考えてみる。
それが対処法なのかもしれません。


<いつからこういう情報が出始めたのか>


1980年代からの母乳推進の動きを肌で感じて来たのですが、たしかにその頃も「母乳で育った子は良い子になる」とか「目が輝いている」といった表現を桶谷式の本などで読んだ記憶があります。でもさすがに「賢くなる」とか「出世する」とか、あからさまな表現を使って母乳のメリットを強調することはなかったと思います。


いつも参考にさせていただいている畝山知香子先生の「食品安全情報blog」でも、こうした研究の話題が紹介されていてずっと気になっていました。


そこで「食品安全情報blog」の始まった2005年からの母乳に関する記事を検索してみました。


2006年10月6日の記事に「母乳育児と子どもの知能:前向き研究・兄弟姉妹解析及びメタ分析」という研究があります。

母乳で育てられた子どもは大体4ポイントIQが高い。ただし、これは母乳で育てようとする母親のIQが高いせいであって、母乳そのものの影響ではない、という研究


2007年8月6日の記事には「母乳を選択する女性は増えてはいるが、まだ母乳のみでの育児は国家目標より低い」(アメリカ)という研究があります。

MMRの報告によれば、2004年に子どもを生んだ女性の73.8%は母乳を与えており、2000年の70.9%より増えた。しかし3ヶ月の時点で母乳だけで育てているのは30.5%で(目標60%)、6ヶ月では11.3%(目標25%)と目標を下回っている。
母乳を与える率が低いのは黒人、若い母親、高校生以下の学歴・未婚・貧困層などである。

2007年11月22日には「能発達のための食事、生まれた時から」という記事があります。同じアメリカです。

ARSが出資して、生まれた時からの食事や栄養が中枢神経にどう影響するのかを調べる研究が行われている。この研究では乳幼児や子どもの精神的・神経学的・生理学的発達を非侵襲的方法で評価している。
アーカンソー子ども栄養センターで行われているThe Beginnings Studyというプロジェクトは、母乳のみ、牛乳ベースのミルクのみ、豆乳ベースのミルクのみで育った赤ちゃんの脳の発達を調べている。
予備的結果では6ヶ月及び12ヶ月齢時点で、母乳のみの子どもで他の群より僅かに認知機能と言語能力がより発達していた。


2008年5月7日の記事には、イギリスの「母乳で育てられた赤ちゃんは賢い」という論文が紹介されています。

Archieves of Geberal Psychitryに発表された論文。
合計17,046人の赤ちゃんの関与した過去最大規模のクラスター無作為対象化試験の結果、母乳育児推奨群の赤ちゃんの方が6.5歳時点でのIQが高かった、という報告。
限界はあるが母乳推進を推奨するさらなる根拠となるとしている。

その後、2009年2010年は「食品安全情報blog」の中にもこうした話題はないようです。


2011年3月15日の記事に再び、「母乳を与える事が『学校の成績に関連する』」(イギリス)という研究があります。

「母乳を与えることは赤ちゃんの健康によいだけでなく賢くもする」とGuardianが報道した。新生児にたった4週間母乳を与えるだけで、中学校以降も続く「有意な良い影響」があることが研究でわかった、と言う。
このニュースは社会経済研究所が発表した報告書に基づくもので、この報告書はピアレビューのある医学雑誌に掲載されていない。この研究は母乳を与えられていたりいなかったりする1200人以上のデータを用いた。認知機能については7,11,14歳の時点でのSATスコアと5歳の時の学校入学試験スコアを用いた。これは新しい研究分野ではなく、この研究には認知や学校成績に影響する全ての要因を全て排除することは不可能だという事実を含むいくつかの欠陥がある。しかしながら母乳には小さいけれど長い影響があることを示した。


2012年2月14日の記事には、「母乳で育てられた赤ちゃんは、大人になったときおこりっぽくない」(イギリス)という研究があります。

Daily Meilによれば「母乳で育てられた赤ちゃんはおこりっぽくイライラした大人になりにくい」。新聞は母乳で育てられた赤ちゃんの長期研究でミルクで育てられた集団より敵愾心が少ない成人になるという。このニュースはフィンランドの約2000人を子どもの時から30代になるまでフォローした長期研究に基づく。
研究者たちは、母乳を与えられたことのない参加者に比べて、4−6ヶ月まで母乳を与えられた人の、成人してからの敵愾心検査のスコアが低いことを発見した。差は約0.2ポイントであったとしているが、このスコアの違いが臨床的に意味があるのかどうか、実生活で気づく程度なのかについては説明していない。
この研究には多くの限界があり、そのうちの1つに母親がなぜ母乳を選んだのかの理由を調べていないことがある。母乳には多くのメリットがあるため、母親達は可能であれば母乳を与えるように薦められている。しかしながら、長期の心理学的メリットがあるのかどうかを言うにはさらにフォローが必要である。


ふーっ。なんだか読むだけでお腹がいっぱいですが、あと二つ紹介します。


2013年6月26日には、「母乳を与えられた赤ちゃんは『将来有望』と研究が主張」(イギリス)という記事があります。
なんだかだんだんエスカレートしている印象ですね。

Interdependentが「赤ちゃんに母乳を与えることは社会階級のはしごを登るチャンスを増やす」と報道した。これまでの研究では母乳を与えることが感染しにくくなる。脳機能向上など、赤ちゃんのたくさんの健康上のメリットになると考えられてきた。しかし、母乳を与えることに長く続く効果があるのか?最近の研究ではその可能性を示唆している。
(長いので、中略)
また母乳を与えられた子どもの認知及びストレス検査の成績がよく、これが社会階層上層の原因である可能性がある。この種の研究は因果関係を証明することはできないが、母乳には他に多くのメリットがある。安全に母乳を与える事ができる全ての女性には母乳を与えることが推奨されている。

もしかしたら、「母乳で育てられた一般女性も階層を超えて王妃に」というムードでもあったのでしょうか?


2013年8月1日には、「母乳で育てると赤ちゃんの能力が強化されるかもしれない」(イギリス)という記事があります。

Metroが「1歳まで母乳を与えると子どものIQが高くなる」と助言した。この話は母乳と子どものその後の精神能力の関連について調査した研究に基づく。より長く母乳を与えられた子どもの3歳の言語テストと7歳のIQ試験の成績が良かった。母乳は多くのメリットが知られている。しかし、この研究は母乳を与えると子どもが賢くなることを証明したわけではない。著者が指摘しているように、他の要因がIQに影響した可能性がある。

これまでの研究では、先進国で母乳を選ぶのは中流あるいは上流階級の母親である傾向がある。IQへの影響はこのような社会経済学的要因である可能性がある。


さて、今回はこうした「母乳で赤ちゃんが賢くなる」といった話題の紹介にとどめておきます。


「こんな結論にするのはおかしいでしょう?」と、こうした話題に振り回されない練習台にしてみてください。



次回以降は、この2000年代にどうしてこういう研究が出始めたのか1970年代ぐらいからさかのぼって考えてみようと思います。





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