境界線のあれこれ 63 <哺乳ビンの消毒のグレーゾーン>

私自身は「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル第2版」(東京医学社、2009年)を参考にして「おおむね3ヶ月頃まで」と説明していることを、 哺乳ビンの消毒はどうすればよいかに書きました。



そして聞かれれば、こう説明していることも書きました。

清潔な水と洗剤で十分にミルクかすを洗浄し、十分に乾燥させて清潔に補完できれば消毒は不要という考え方もある。

ただ、最近はあまりこういう質問自体を受けることもなく、また入院中のお母さんに聞いてもだいたい電子レンジ用の消毒用品や消毒薬タブレットを準備されています。


電子レンジでの消毒用品が販売されたのはいつ頃だったでしょうか?1990年代終わり頃だったような気がするのですが、まだ当時は高価だったことと袋式だったので使いにくかった印象があります。
どんどんと改良されたこともあって、これが哺乳びんの消毒への敷居を低くしてくれた可能性があるかもしれません。


それまでは煮沸か消毒液の2択でしたから、時間的にも場所的にもいろいろと不便だったことでしょう。


今、その頃の記憶をたぐり寄せていくと、ちょっと不思議だなと思っています。


たしか、「十分に洗浄し乾燥させられれば、哺乳びんの消毒は不要」という話を聞いたのも、やはり1990年代でした。
アメリカでそういう話になっていると、何かの本で読みました。
信頼できる公の機関が発表した話だったと思うのですが、ちょっと見つけだせません。


必要がなければ面倒なことはやめよう、という白黒をつける動きにならなかったことが不思議ですね。
むしろ「より簡単な消毒方法」のほうが社会に受け入れられていった背景には何があるのだろうと、ちょっと哺乳ビンの消毒方法のグレーゾーンについて考えてみたくなりました。


<清潔志向の社会だけれど、案外と無頓着>


1990年代初めの頃に、当時70代の大先輩の助産師と一緒に働いていた頃のことでした。今生きていらっしゃれば100歳を越えた頃の方々です。


まだCDCの院内感染標準予防対策が導入される前でしたが、病院内は一般の社会の感覚以上に「清潔・不潔」が厳しく、新生児室でも哺乳瓶や乳首はきちんと消毒されていました。


ところがある日、私は見てしまいました。
その大先輩の助産師さんが、ひとりの新生児が飲み残したミルクをそのまま別の新生児に飲ませたのです。
口腔内の雑菌が他の赤ちゃんへ移る可能性よりは、「もったいない」の気持ちが勝ったのでしょうか。


半世紀以上も年上の大先輩ですから何も言えませんでしたが、同じ医療従事者でも、雑菌に関しての許容度は、「ありえない」と感じるほど世代の感覚の差もあるのかもしれないと、印象に残ったのでした。


医療従事者でも個々の感覚の差があるのですから、日頃はあまり菌やウイルスを意識していない普通の人たちなら、その感覚の差は相当あるのではないかと思います。


入院中のお母さんの行動を見ていても、かいま見ることがあります。
床に落ちたガーゼをそのまま使うお母さんたちはけっこういます。
「床は不潔」という点では、助産師も甘い人が多いのですけれどね。


新生児訪問をしてみると、さらに家の環境は本当にさまざまであることがわかります。


こちらこちらに書いたように、まるで動物園かと思うほど犬猫や鳥、は虫類などが自由に飛び回っている家もあります。


あるいは上の子がはしゃいで、赤ちゃんに準備した哺乳びんに口をつけたり。


掃除のレベルもさまざまです。
水1滴も残さないかのように掃除されたキッチンもあれば、食器や食べものがうず高く積まれたままのところも。


でも、どの家でも新生児用の哺乳瓶入れは採用されていて、雑然とした中にそこだけは毅然として「雑菌許すまじ」という決意が感じられるのです。


「哺乳びんの消毒はいりません」と言い切れない理由のひとつに、この各家庭での雑菌に対する感覚の差があるのかもしれません。




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