カンガルーケアを考える 14 <誰がそれを望んでいるのだろう?>

m3.comの「医療ニュース」に「出産直後の抱っこに注意 脳性まひ予防呼び掛け」というニュースがありました。


 生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこするときは顔を横に向けてあげて、お母さんは体を起こすー。出産直後のベッドで母親が子どもを抱く「早期母子接触」の間に、子どもの体調が急変し、脳性まひになる例があることを踏まえ、日本医療機能評価機構(東京)が予防のためのリーフレットを作成し、注意を呼び掛けている。


 リーフレットには「妊産婦用」と「産科医療関係者用」の2種類で、7月下旬から医療機関自治体などへ送付。いずれも子どもを抱く際には(1)赤ちゃんの顔が母親からよく見える位置で実施する。 (2)母親の上体を30度前後まで起こす (3)赤ちゃんの顔を横に向けるーなどと解説している。


 医療機関には、早期母子接触で子どもが重い脳性まひになった際に、一時金などが支払われる産科医療補償制度を運営し、事故の原因分析を通じて再発防止策も提言。昨年末までに分析を終えた793件のうち、早期母子接触中に赤ちゃんの体調が急変し、脳性まひになったケースは7件あった。


 具体的には毛布を掛けて抱いていたら心肺が停止し、低酸素性虚血性脳症で脳性まひになった例があり、誤嚥(ごえん)で気道がふさがったり、呼吸がしっかりできない状態だったりしたことなどが考えられる。


 早期母子接触は、以前は「カンガルーケア」などとも呼ばれ、母子の心身の安定につながるとされている。子どもの呼吸や血糖値が安定するとの研究結果もあり、多くの医療機関などが取り入れている一方、子どもの体調が急変して障害が残ったとして、訴訟となる例も相ついでいる。
2016年8月26日(金)配信 共同通信社

お母さんたちの間では、相変わらず「カンガルーケア」としか呼ばれていないし、出産後に胸の上に肌を直接つけて幸せそうな写真が出回ったので、そのイメージが強いのです。



社会の中で、どこかにそれは「母子に良いこと」「○○に効果がある」といったイメージを広げた人たちがいるからこそ、やってみたいことのひとつになってしまったのでしょう。
それどころか、「母子の当然の権利」とまで医療者側から言ってしまったのですから。


産科医療補償制度で、その赤ちゃんと御家族に経済的な補償の段階にまで進んだことは一歩前進といえるのかもしれません。


ただ、「低酸素性虚血性脳症で脳性まひになった」というのはどのレベルの障害を指すのでしょうか?
こんさんの赤ちゃんのように、ずっと意識も戻らず人工呼吸器が必要な赤ちゃんは対象になるのでしょうか?


2009年にこの産科医療補償制度が始まってから、毎年送られてくる報告書で臨床で働く私たちも他の施設の失敗や経験に学び、標準化された再発防止策を知ることができるようになりました。



それだけに、今回のこの内容ではとても再発防止策とは言えないと思います。


顔を横に向けてお母さんの上体を起こして実施しても、サチュレーションが60台まで下がったり、低体温になってヒヤリとしたことがあるわけです。


この再発防止策は、きちんと全分娩施設からのヒヤリハット報告に基づくものなのでしょうか?


ヒヤリハットに基づくものであれば、少なくとも実施中はスタッフが側を離れないことが最優先の対策になることでしょう。
そしてカンガルケアーは止めようという方向へと現状をすぐに変えられないとしても、「実施しないほうが安全である」という方向性が見えてくるはず。


なんだか、カンガルーケアの危険性の話は、いつもそれを推進してきた人たちに遠慮をしているかのように、歯切れの悪い説明が多いなと感じます。




やはり、「母子の心身の安定」といった「思い込み」による妄想の世界にはリスクマネージメントという言葉は生まれないのかもしれません。




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