散歩をする 101 <房総半島を横断する>

「干潟」周辺をどうやって歩こうか、地図を眺めること数日。

最初は大利根用水を巡ってみようと思ったのですが、疏水百選に選ばれているというのにこれといった場所の説明がきも見つかりません。地図を目いっぱい拡大しても、それらしき名称が書かれた用水路も見つからず、唯一、ウォーキングコースを見つけたのですが、そのスタート地点にたどり着くまでの交通機関が全くないので途方にくれました。

しだいに「干潟八万石」というのは、利根川の付近から九十九里浜のあたりまでかなり広範囲であることがわかり、どれか一本の用水路が「大利根用水」ではなく水路網をさしているのではないかというあたりまでみえてきました。

 

えい、それなら思いっきり房総から利根川まで歩こうではないかと大まかな計画ができました。

もちろん歩くのは一部で、ほとんど電車の旅ですが。

 

 

総武本線に乗り干潟駅へ*

早起きをして千葉駅から総武本線に乗りました。よく考えると、総武本線に乗るのも初めてです。

 

市川のあたりで北側に大きな松が続いている場所が見えました。南側をみると低く平らな土地になっています。先日海神を訪ねた時に、京成線が昔の海岸線ギリギリに通っていたのではないかと推測したのと似た風景です。

地図を見直してみると、船橋のあたりまで総武本線の南側は碁盤の目のような街並みになっています。おそらく総武本線も、もとは海岸線に近い場所に作られたのではないかと想像しました。

 

船橋を過ぎると、一見、山の中へ入って行きます。

小さな川や水路があって、その周辺には不規則な形の水田が作られています。

私が高校生まで暮らした山間部に似ているようで、どこか違うのは何だろうと考えているうちに、物井から佐倉までまた水田地帯が広がります。このあたりはあの印旛沼につながっているので、どこか祖父の倉敷周辺の水田地帯に似ています。

しばらくすると、水田の風景が途切れて今度は畑だけの風景になりました。

八街といえば落花生で有名ですが、その理由が少しわかったような気がしました。

車窓から見える風景の中には、用水路らしきものがほとんど見えませんでした。

 

 

もともとは島だったところが「山」になっている干拓地や埋立地との山の風景の違いもあるし、私が育った山間部は湧き水が豊富で上流から網の目のように自然の水路があったのに対して、元は島だった場所では伏流水が少ないので用水路でどこからか水を引いてこなければならないのかもしれない。

そんなことを思いついたのですが、どうなのでしょうか。

 

そして、山の間を電車が抜けていきます。

山武から日向あたりで、電車はゆっくりと下り坂を降りて平らな地形が広がり始めました。川もありました。

「日向」、本当に開けて明るい地名そのものの場所です。

 

成東からは水田地帯をまっすぐに線路が伸びています。左手は小高い山が続き、右手は水田地帯です。

用水路が縦横無尽に走っているのがわかります。もうこれだけでも大満足の旅です。

地図を眺めていた時に、干潟駅の手前、横芝駅飯倉駅の間に「母子」という地名があるのを見つけました。それを見るもの目的の一つ。車窓から目を凝らしてみましたが、地名のヒントになるものはわかりませんでした。

 

飯倉のあたりから、総武本線に並行して少し大きな用水路がありました。ところどころに水門があります。

大利根用水」とペンキで書かれているのが見えました。

ああ、利根川から取水してここまで用水路で水が運ばれているのですね。利根川の河川改修の歴史を思い出して、打ちのめされるような思いになりました。

 

さあ、いよいよ干潟駅です。

1時間に一本の総武本線ですが、一旦、干潟駅で下車することにしました。

続きます。

 

 

 

「散歩をする」まとめはこちら